第14話 【大沢木高校キャプテン 桑田 洋輔 の述懐】

 僕らの高校、大沢木高校はそんなにレベルが高くはないが、進学校だ。


 学校の方針として、学生の本分は勉強であり、部活動はそれを妨げない程度に行うものとする、という建前で行う事になっている。

 もちろんインターハイで勝ち進めるような運動部も存在していて、そんな部活はけっこうギリギリな時間まで部活動を行っていたりもする。

 しかし僕らの野球部は、実績が無い、実力もたいした事がない。部員数も全員合わせて20人前後をうろうろしている。野球好きが集まって楽しくやっている部活だ。

 先輩後輩の上下関係がゆるく、アットホームな雰囲気でやっている感じ。部活も無理をせずに学業優先で行っているので、朝練はナシだ。


 春の県大会を余裕で初戦敗退し、いちおう毎年参加登録だけはしている、夏の大会がそろそろ迫ってくるかという頃。珍しくも練習試合の申し込みがあった。

 相手は県立・弘前高校。僕らと同じく学業優先の進学校で、実績の無い弱小高だという。春の県大会の組み合わせ表を引っ張り出してみたが、名前が無かった。おそらく、予算の関係で参加登録できなかったか、もしかすると人数不足だったのかもしれない。


 後者の予想が当たったのかも、というのが分かったのは、練習試合当日にオーダー票を交換した後だった。試合の登録メンバーが11人しかいない。僕らでさえ負傷交代を考慮して15人を登録している。(残りの部員は自由見学扱いだ)


 しかし僕らの野球部とは大違いな部分があった。なんと、女子選手が入っていたのだ!オーダー票の打順1番。『山崎 桜(1年女子選手)』と記載されている。

 11人しかいない(と思われる)部員数では登録選手漏れなんて存在しないが、それでもスタメン争いくらいはある。練習試合とはいえ、スターティングメンバーに入っているという事は、中学野球の経験者である事は間違いないだろう。これはすごいな、と思った。


 実際に山崎さんを見た時、僕ら全員、『…すごい…』と絶句した。


 なんというか、存在感がすごい。サラサラの長髪が軽くまとめられているだけだったり、仮にも野球部員なのに日焼けしてない白い肌だったり、とっても可愛い面立ちだったり。かなりの美少女だったけど、なんといっても一部分のスタイルがすごかった。


 胸のボリュームがなんか凄い。野球のユニフォームだから上着はゆったりしている作りなのだが、こう、首から胸までの角度というか、突っ張りというか、最高到達点までの流れというべきものが凄い。野球のユニフォームであれだけ自己主張をするというのは本当に凄い。アルファベットに例えると、横から見たSのラインが全身で(女性らしいラインというやつ)上半身がPというか(本当に凄い)。


 巨乳美少女だ


 とても口に出せないが(言ったらセクハラで抗議を受けるだろう)、僕ら大沢木ナインの感想はその一言に尽きていた。


 選手登録されているという事は、本人が希望して選手をやっているのだろうけど、これはスタメン選出に何やら裏の事情とかあってもおかしくないな、などと思ってしまった。もしも彼女が『スタメンに選ばないなら野球部を辞める』などと言ったりしたとしたら…仮に僕らの部に彼女が居て、そんな事を言われたとしたら、弱小部活ゆえに拒めないだろう。むしろ部員全員の総意でスタメンに推されるだろう。巨乳美少女つよい。


 いいなぁ。うらやましい。というのが率直な感想だった。僕らの部には女子部員がいない。マネージャー業務も男子部員が行っている。それだけでうらやましい。しかも相手の弘前高校には、女子マネージャーらしき女子までいた。マネージャー女子のスタイルはごく普通だったけど、普通に可愛い娘だった。本当にうらやましい。


 そんな事を言っていられたのは、試合が始まった後の『おねがいしまーす』という、山崎さんの可愛い声(やはり声も可愛い!)を聞いたところまでだった。


 僕らのピッチャーの第1投を、山崎さんはいきなりホームランにしたのだ。弱小とはいえ男子のボールを、女子がである。

 パワーがあるのか。それとも完璧にミートしていたのか。僕ら程度の野球眼では、それは分からないけれど、とにかく『素早く打たれた』という感触を受けた。

 なんというか、『気づいたらバットが振られていて、ボールがどこかへ飛んでいた』という感じ。投げられたボールがバッターに近づいた直後、何が起きたのかよく分からない。


 そこから先は、ほぼ虐殺劇のようなものだったと思う。

 山崎さんだけじゃなく、他の選手もよく打つ。打ちまくる。というか、1回で打者一巡した。ところどころで打ち上げたフライを捕球できなかったら、8点では済まなかった。

 さらに打たせてもらえない。ピッチャー上手い。球速もある。コーナーついてくる。ボールをなんとか打てても、内野ゴロでセカンドかショート(山崎さんだ)かサードが捕って1塁アウト。内野の頭を越せない。ほぼ内野の守備練習状態。

 相手の攻撃が始まれば、相手が打ちそこなうのを待つしかないレベルで全員に打たれまくる。選球してフォアボールなんてしてこない。打てそうなボールで長打を狙って失敗するか成功するか、という状態だったと思う。


 試合は25-0で5回コールド負け。

 コールドゲームのルールに助けられた、という気分だった。おしまいくらいは、うちの投手の目が死んでいた感じだったから。弘前高校ナインも、最初は打つたびに歓声を上げていたけれど、終盤はなんか気まずそうに目を逸らしていたし。


『なんか思ってたのと違った』『言うな!』

 弘前高の誰かがそう言ってたのを聞いた気がする。それは僕らも同じだよ!試合前までは同じくらいのレベルだと思ってたんだから!!


 僕らはその後、打撃練習の比率を増やした。やっぱり打たないと話にならない。

―――そして時が経ち、夏大会の県予選、組み合わせ抽選の結果。


「げぇっ!!!」

 僕は思わずそう言ってしまった。


「「「「「げぇぇっっ!!!!」」」」

 持ち帰った組み合わせ表を見た仲間達もそう言ってしまった。

 初戦の相手は弘前高校。


 これなら、前年度の県代表校の方がマシだと、誰かが言っていたが。まさにその通り。あの試合は僕らにとって軽いトラウマになっているのだ。

 正直やりたくないとも思ったが、今更キャンセルなんてできない。弱くても大会に参加しているのは、僕らが野球を好きだという気持ちを、少しでも形にしたいという思いがあったからなんだ。どんな強豪校が相手でも、逃げるわけにはいかない。


 僕らはせめて一矢報いてやるぞと、1回戦までの間の練習を頑張った。


※※※※※


『よぉっし!いくわよ!弘高、ファイトぉ―――!!!』

『うぉおおおおおお――――!!!!』『ぉぉー』


 選手集合前の円陣で、なんか物凄く気合の入っている弘前高校がいた。


 選手整列で、弘前高校ナインの眼がなんかギラギラしてる。正直こわい。意味が分からない。どう考えても余裕の相手でしょ僕ら。なんでそんなに殺気立ってるの?

 意味が分からないと言えば、今回の弘前高校オーダー票も意味が分からない。どういうわけか、9人しかメンバーがいない。あと2人どこいったの?

 ていうか、女子選手がもう1人増えていた。確か名前は知らないけれど(オーダー票によれば大槻さん)前回の試合で、マネージャーをやってた子だよね?なんで選手に??

 そう考えると差し引き3人が行方不明になってる。練習がきつくて退部?まさか。


 試合内容も、ところどころ意味が分からなかった。

 ひとつひとつのプレーに気合いというか殺気と言うか、なんだか圧を感じる。

 あと9番打者の大槻さんは打席でバットを1回も振っていないのに、ベンチに戻ると『よく頑張った!さすが先輩!』『ようしその調子だ大槻!がんばれ!』と、すごく褒められるというか励まされる感じで、山崎さんに抱きしめられて頭をなでられたりしている。

 あ、あれちょっといいな。代わりたい。


 試合は15-0で5回コールド負け。


 前回の試合より点差が少ないのは、弘前高校の打撃能力が上がったせいもあるのだろう。ときおり、ショートからレフト前へのフライを狙って打っていた節がある。

 わざとチェンジにするために打っていたとすると少し腹も立つが、実力差がありすぎてグウの音も出ない。僕らの打撃はまったく通用しなかったしね…。


 試合終了したらしたで、礼の後で『ぅぁーん。終わったぁ…』『よしよし。頑張ったがんばった。いい子いい子』また大槻さんが山崎さんに抱きしめられていたし、他の選手も『ぃやったぁー!勝てたぁ!』『助かったぁ!!』とか言って大喜びしている。

 いや僕らぜんぜん余裕の相手ですよね?なんでそんなに緊迫感ある試合が終わった感を出してるんですか君ら。ほんと意味が分からないんですけど?


 だから帰路につく前、僕は相手チームのキャプテンに聞いたのだ。


「あの、すいません。ちょっと聞きたい事があるんですけど…」

 僕の言葉に、弘前高校キャプテンはビクリとした気がした。


「な、なんでしょうか?」

「前回の練習試合より、3人ほど男子選手が少ないですよね?何かあったんですか?」

 彼は黙秘する事もできたし、適当にごまかす事もできただろう。しかし、生来の性格ゆえか、彼は僕の質問に答えてくれた。


「…実は、2人ほど成績不良で部活禁止を言い渡されてまして…」

「…ぁぁ…」

 うちの高校にも同じような規則がある。学業優先の原則だ。

「…あと1人は、ファミレスで食中毒になって…」

 今朝がたニュース速報でやってたやつかな。

 弘前高校キャプテンの彼は、よほど気まずいのか、視線を逸らして「申し訳ない」とだけ言った。


 …こうして、僕らの夏大会は終わった。


 …まぁ、ベスト状態の弘前高校だったとして、本気を出さなくても勝てたであろうことは理解している。試合の展開も似たようなものだっただろう。

 むしろ、素人同然の女子選手(大槻さん)を抱えたままの試合だった以上、いつもよりも気合いの乗った試合だったかもしれない。


 でもね。それでもね。

 負けた当事者としては、なんかモヤモヤする。

 僕らは弱い。おそらくは練習をもっと必死にやっても弱いだろう。でもね。


 野球が好き、という気持ちは確かなんだ。

 実力が無いなりに、試合だって本気でがんばった。

 だから負けた時は、それなりの理由が欲しい。もっともらしい理由が。

 ある意味では欲深い、とか言う人だっているだろう。それでもだ。

 僕らを負かした彼らには、もっと上まで行って欲しい。


 弱いなりに分かる事もある。弘前高校は強い。ベストメンバーなら県大会の上位にだって食い込めるはずだ。強豪校を相手にして、あの打撃力で大暴れして欲しい。

 彼らは去年まで無名だった。おそらく、今年に入ってから強くなる何らかの切っ掛けがあったのだろうと思う。1年生の山崎さんも、そのひとつだろう。


 彼らの実力を知っているのは、現時点では僕らだけだ。

 強豪相手に大暴れできる実力を持っている事を知っているのは、僕らだけだ。

 簡単には負けないで欲しい。

 君たちには力がある。敗者の想いを引き継ぐだけの実力が。

 勝って勝って、勝ち進んで――それを周り中に見せつけてやって欲しいんだ。


 いろいろと複雑な気持ちが混ざり合ってうまく言えないけれど。

 僕は、彼らの今後の試合が、すごく楽しみになってきていた。


 僕ら大沢木高校野球部の夏大会は終わった。

 しかし、僕らが好きな彼らの夏は、まだ終わっていないのだ。


――――そうか。好きか。

―――いつの間にやら。あの破天荒な野球部を。

――僕は、彼らに、理想の自分たちを、夢を映しているのだろうか。


 部員も少ない無名の弱小野球部が、夏の大会で見せつける、特大の旋風。

そんなものを期待しているのか。


 …これから週末には、彼らの試合を見に行こう。

 全力で応援して、どこまでも勝て!と、プレッシャーをかけてやろう。

 こういう夏の楽しみ方も、まぁ有りだよな…と。僕はそう思った。


「いっその事、県代表になってくれるといいんだけどなぁ」


 それなら負け試合も自慢話にできない事もないのにな。そんな事を考えながら、僕は帰路についたのだった。

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