第13話 魔物が牙をむいた瞬間。訪れた危機的状況
初戦の対戦相手が「どう考えても5回コールド以外の未来が見えない」相手である、練習試合で大差をつけて勝ってしまった大沢木高校だと知って、『どう不自然でない程度に手加減するか』などという議題で紛糾した(問題となったのは議題ではなく方法だった)県予選の初戦会議からしばらく経ち、県大会の開会式が終わって間もなく。
弘前高校野球部の部室に激震が走った。
「…ばかな…ばかなっ!!」「冗談じゃないっスよ!!
「どういう事なんですか監督…いや、先生!」「なんなんだよぉー!!」
野球部部員が皆、嘆き、憤り、喚きたてる。
誰もが荒ぶる感情を制御できないでいた。
「監督。いえ、平塚先生。」
山崎 桜が静かに言う。いつになく真剣な表情で。
「どうしても、無理なんでしょうか?職員会の返答は?」
「…すまんな。ウチの野球部には実績もない。例外は許されないとの事だ」
山崎は少しだけ頭を振り、そして言った。
「あぁ――もう!なんで期末前の実力テストが、県予選の直前なのぉ!!」
「そこが問題じゃねぇよ山崎。問題は赤点を取った馬鹿がいるって事だ」
「でもよ?補習授業を受けて小テストに合格すれば部活の参加が許可されるんなら、スケジュールの話だろ?」
「そこがダメなんだろ…科目別に補習の日が決まっていて、担当教諭の権限が強い」
「それにしても…週末の日曜が第1戦の試合、翌日が数学の補習日とは…」
「実力テストに補習があるってウチの学校が厳しいって話かも」
「ウチは進学率ほぼ100%の進学校だぞ。赤点取る奴を許しておけないっつの」
馬鹿どもぶっころ。対象者2名を除いた部員の総意がそれだった。
2年 西神 誠
2年 古市 博昭
両名、赤点により、補習講義を完了するまで、部活動を禁ず。
それが弘前高校の職員会からの通達だった。
「…2人の代わり、控え投手の2人を野手に入れるしかないな。」
「そりゃそうなんだけど!そりゃそうなんだけど!ちょっと平塚先生!あの2人、先生の担当教科で赤点なんですよ!なんか思うところはないんですか?!」
そうなのだ。あの2人、平塚先生が担当している数学での赤点を取っている。はっきり言って担当教師、部活顧問として、面子丸つぶれである。
「ぐぅ…面目次第もない…」
言い訳する余地がなかった。
数学補習の監督官である教頭先生からは嫌味まで言われているという。
「…過ぎた事は仕方ありません。…来週の補習とテスト、そして次の期末テストでは問題なく合格させてやってください。もちろん、他のみんなも!分かってるわよね!!」
「「「あったり前だぜ!!!」」」
いくら最近は野球の技術上達が面白くて練習漬けになっているとはいえ、高校生の部活動という建前を守る進学校の生徒。赤点を取って進級などに問題が出るような生徒はそうそういない。職員会の厳しめの裁定も、『ウチの学校では絶対に放置できない』という考えによっての事だ。加えて野球部は際立った実績も無い。特例を設ける理由など無かった。
つまるところ、西神・古市(2年)の2人が、無視できない問題児という事なのだ。補習が終わったらアイツら説教な。という事で話は落ち着いた。
「初戦の大沢木高校とは、ギリギリ9人でやる事になるな。」
「ポジションチェンジで投手を回す事になる。守備の再確認しないとな。」
「守備に油断はできない。得点は余裕を持って、その上で最短勝負を狙う」
「大沢木には、すみやかに沈んでもらおう」「大沢木でよかった」
皆がそれぞれに現状での対応策などを口にする。少々きつくなったが、大沢木が相手ならば余裕を持って勝利できる。そう思ったからだ。
それが油断となった訳ではないだろうが―――
「―――はい?なんですって?…先生、もう一度」
「…つい先ほど、前田の親御さん…母親から連絡があった。前田と、あと親父さんもだが…食中毒で病院に搬送されたそうだ。駅前のファミレスで当たったようでな…おそらく夕方までにはニュースにもなるだろう。ノロウイルスらしい。」
1年の前田(控え投手だが野手でスタメンである)が、食中毒で病院送りになったという連絡が入った。試合当日の出発前、集合時間直前に。部員の点呼を取っている最中の事だった。
『大槻センパイぃぃぃ――――!!!』
山崎が吠えた。
「ひぇっ!はいい!!!」
『ユニフォーム!あと背番号はァ!!!』
「ももも持ってきてます。背番号も縫いつけてますゥ!」
『ならば良し!大槻 京子さん!あなたの活躍に期待します!!!』
「でででででもでもでも」
ぽん。と、大槻(先輩で選手)の両肩に手を置き、山崎は静かに言った。
「…人間、あたまも体も、健康で大過ない事が一番です。…怪我しないで最後まで立っていてくれればいいから。ボールは全部避けていいからね。何かの間違いで怪我しても、今日だけは根性で頑張ってちょうだいね。攻撃も守備も、他の人がやります」
「…えぇ―――」
『万が一にも1人でも怪我してフィールドに立てなくなったその時、ゲーム成立の5回を回ってなかったら、そこで没収試合なのよっ!コールドが成立する5回前に欠員が出たら、問答無用で弘前高の負けなんだからね!!今日は本当に9人しかいないの!死んでも立ってなさい!これは命令よ!!!』
「はいぃぃぃ―――!!」
「「「ぜったいに怪我しないで頑張ります!!!」」」
たぶん、山崎の眼は、視線で人を殺しそうな感じの圧力を出していたと思う。
人間、本当に追いつめられると本性が出るって言うからな。
「あんた達!!これに負けたら後はないと思いなさい!!!」
それは県大会トーナメントの話ではないな。後がないのは、たぶん俺たちの人生。皆殺しにされるのはトーナメントの勝敗的な話ではなく、物理的なチームメンバーの話となるのだろう。
これが夏の甲子園大会に潜む魔物なのか―――。まだ県予選なのにだ。
だとしたら、地方のファミレスにも潜んでいるという事になるな。
なんなんだそれ。
魔物ハンパなさすぎる。ちょっと手加減してくださいよ。
―――けして負けられない戦いが、幕を開ける事となった。
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