第12話 地区予選・組み合わせ抽選の衝撃
夏の全国高校野球選手権大会。
その予選である県大会(地区予選)が、もうじき始まる。
最初にあるのは、トーナメントの組み合わせ抽選会。監督の立ち会いのもと、チームのキャプテンがクジを引き、皆殺しバトルの組み合わせを決めるのだ。(トーナメントとはノックアウト方式で1チーム以外を始末する方式である)
また、我々の県のルールでは組み合わせ抽選の直前に、監督を確認責任者として登録選手の届け出をする。以後、特別な理由がない限りは登録選手の変更ができない。基本的にこの時点で本戦出場時のメンバーが決まるため、選手数の多い高校では悲喜こもごものドラマが生まれるはずだが…我が弘前高校は登録限界の18人に満たない。(正確には県大会が20人、その中から本戦出場の18人が選ばれるので、本戦の登録選手を選ぶ時にさらに2名が落とされるシステムなのだが、少ない場合は関係ない)
つまり全員が登録選手であり、貴重な交替人員なのだ。その登録選手たちには、公式の最初のイベントである組み合わせ抽選会の前に、部内でのイベントがある。
登録選手発表、背番号の配布、高校によっては新品のユニフォームの配布もある。
「さぁーて、皆さんお待ちかね!の背番号配布といきましょう。監督!」
山崎 桜が、いつものようにキャプテンを差し置いて仕切る。もう慣れっこだ。
「名前といっしょに配るぞ。取りに来いよー」
我が校の野球部は実績皆無のため、予算が少ない。そのため背番号のみの配布だ。配布された背番号は、以下の通りである。
背番号1 岡田 健史 3年
背番号2 小竹 正史 3年
背番号3 山田 次郎 3年
背番号4 松野 康介 2年
背番号5 西神 誠 2年
背番号6 古市 博昭 2年
背番号7 山崎 桜 1年
背番号8 北島 悟 1年
背番号9 竹中 真 1年
背番号10 川上 進二 2年
背番号11 前田 耕治 1年
背番号12 大槻 京子 3年
1番から9番はスタメン確定のメンバーである。というか、10番11番は控え投手としての枠であり、1番の岡田先輩を含め、投手3人はローテを組むため、誰が何番だとかはあまり関係ないのだ。あくまで識別のためである。
基本、何事もなければ継投以外の選手交代が無い。まさに弱小の自転車操業。
なお、番号は1番の岡田(先輩)の『エースは1番だろ?』の発言以外、3年のスタメンから順に若い番号でつけられているだけで『ラッキー7は、あたしよね!』
…山崎も本人の希望により7番をつけられているが、特に守備位置によって決められているわけではない。
一般的には高校野球は守備位置に対して背番号が割り振られる事が多いと聞くが、弘前高校は監督にも選手にもそんな拘りが無い。わかりやすく順番につけられたのだ。
「…ちょっと待ってもらえませんか」
背番号の配布が終わった後、我が部の貴重な女子マネージャー、大槻 京子(先輩)から声が上がった。
分かります。わかりますよ。
だって大槻マネまでも、背番号をもらってるもの。さらには、新品のユニフォームのオマケつき。
「これはどういう事なんでしょうか」
「それは私も悩みました」
大槻マネの質問に答えるのは、山崎 桜だった。やはり貴様の仕業か。
「確かに『紅一点の選手』という異名には惹かれました」
そこなのかよ。
「ですが、夏の大会には不定形の魔物が棲むといいます。非常事態に備えて、たとえ案山子でも頭数は必要かと思いまして。苦渋の決断です」
言ってる事がひでぇ。
「問題ありません。業務はいつも通りで構いません。ただ、選手の列に並んでくれればいいのです。いざとなれば、ボーっとセンターで立っていてくれればいいのです。」
その場合はライトとレフトが全力でカバーするんだな。実質外野が2人と。
「でも打撃だけは、ときどき練習しましょうね!せっかくだから!だいじょうぶ。大槻センパイなら…ぜったいにがんばれるって、あたし信じてる!」
ポン。と大槻マネの肩に手を置く山崎。
信頼を受け取った大槻マネもとい補欠選手は、体をプルプル震わせていた。
「大丈夫!サイズは合ってますから!!」
「そーいう問題じゃないよ―――!!!」
大槻 京子の叫びが響きわたった。弱小野球部ってきびしいな。
今大会の弘前高校野球部の登録選手は12人。
大槻(女子)選手も登録されるようだ。
※※※※※※※
夏大会の県予選、その組み合わせ抽選会の会場に、監督である平塚(顧問教師)、キャプテンである山田 次郎が来ていた。
組み合わせ抽選に必要なのは、この2名の人員であり、他の付き添いは自由である。弘前高校野球部は「付き添いするなら打撃練習でもしてる」とばかりに付き添いを拒否した。そのくせ「いいとこ引いてくださいね!」とは言ってきたのだが。
我らがF県の、今期の参加校は43校。
6回戦フルの組み合わせに足りないため、シード校が決められる。
基本的には『春の県大会で上位のチームから』第1シード枠、次に第2シード枠を埋めていき、残りの有象無象が最下層を埋めていくのだ。そのため、春の県大会で実績を上げていないチームは、シード枠に入る事が絶対にない。
シードとは【seed】のこと。畑に植えられる種になぞらえている。
最初から良く育つと分かっている、強い種を隣り合わせに蒔いてしまうと、限られたスペースを、栄養を奪いあい、互いに潰しあって大きく育たない。
そのため、強い種は適度に散らして蒔いてやる。すると畑全体の収穫量が上がるのだ。強い種の脇には、ダメもとのひと山いくらの安い種を捲き、何かの間違いで大きく育ったらもうけもの!という、ファームの経営者視点での効率重視の種まき方法。
それがシードというものである。畑の均一化の知恵なのだ。
県予選の勝者が全国大会に出場するということは、県の顔となる代表を選ぶという事。強豪が潰しあって疲弊した結果、実力的には微妙すぎる学校が間違って優勝してしまい、全国大会でボロボロに負けるような結果は見たくない。
そんな現実的な話である。「ずるい!」と言うのなら、「実力で勝てば?しょせんは1回多い少ないだけでしょ?」というのが開催側の言い分である。どうせ強い所とはいずれ当たるのだから。実力校は、みな同じ事をやるのだから。
実際、トーナメントの上位に生き残れば強豪同士の潰しあいとなる。勝ち星を稼ぎたいのなら話は別だが、優勝するとなれば条件は強豪校も弱小高も同程度、と言えなくもないわけだ。「シードがずるい」というのは、弱者の僻みにすぎない。トーナメント方式とは、1チームを残す一発勝負の皆殺し方式のシステム。悔しかったら強者を喰い殺せば良い。
だがしかし。最下層の現実的な問題は『強豪と当たるまでの流れ』である。
トーナメント6戦を戦う高校の中には、シードを取り逃しただけで、それに準ずる実力を持った高校も存在する。どうせ上位で激戦を戦うのなら(3回から上は間違いなくそうなる)できるだけ体力を温存したい、と思うのだ。それが補欠含め12人しか部員のいない高校の本音。
初戦は、できるだけ弱いところと当たりますように………。
山田 次郎は、そう願いつつ、クジを引いた。
※※※※※
「………みんな、すまん」
「「「「これは………」」」」
キャプテンが持ち帰った組み合わせ表、その初戦の相手の名前を見て、弘前高校野球部の部員一同、声を失った。
…どうしよう。
皆がそう思っている。
「…キャプテン、相手の…実力は…」
「前年度と、あまり変わっていない…と思う」
だろうな。
「これは、会議が必要ね。そうでしょう?キャプテン」
山崎の言に、一同うなずいた。
この後、練習後の『県大会・初戦会議』は、紛糾した。どう戦うか、我々はどうするのが正しいのか、と。
夏大会、県予選の初戦の相手は。
大沢木高校。
………練習試合にカウントされない結果を出した練習試合の相手である、あの大沢木だった。
「どーすんだよ。5回までをどう自然に処理すんだ」「どう考えても5回コールド」
「本気でやったら1回あたり10点は入るぞ」「それは避けたい。無駄に目立つ」
「大沢木が適度に強くなってる可能性は?」「そんな希望は捨てろ」「だよなー」
「ある程度点を取ったら、フライを積極的に打ち上げるしか…」「バレねぇかな?」
「そうだ!大槻マネを出せばいいんだよ!」「やめてよ!本当にやめてよ!!」
「大沢木の得意守備ってどこだっけ?」「偵察を出すしかないようだな…」
会議の結果。
『現状を把握したい』という事で、最近の様子を調査しに、偵察を出す事にした。
大沢木高校も、「どうやって自然にチェンジしてもらうか」という課題をクリアするため偵察を出されるとは思っていないだろう。
――――まさか、こんな事になろうとは。
初戦を控え、弘前高校ナインに衝撃が走った。
やはり夏の甲子園大会、県予選から魔物が棲みついているようだ……
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