第11話 ラクーンズ戦、試合終了
「そして山崎さんの再登板です」
『打ち砕け!サヨナラだ!!』
9回裏。弘前高校とラクーンズの点差は【9-7】。得点だけ見れば乱打戦と言っていい打撃戦となっていた。実際は打席に立てば必ず点にからむ打撃をこなし、アウトは取られない山崎・北島の2人が打点を入れていった結果である。
これには高校チームと社会人チームの対戦であること、因縁だとか試合形式の練習をしたいだとかの理由、そしてあくまで『野球というゲームを楽しむ』という意識が噛み合ったという理由も関係している。
フェアプレー精神をルールと教育の軸にしている少年野球でさえ、大きな大会の公式戦ともなれば強打者の敬遠など当然のように行ってくる事もある。
しかし今回は技術的な駆け引きは別として、基本的には正面から殴りあう事をお互いが望んだ。ゆえに山崎・北島は絶対に打てない場所への敬遠球(打者一人ぶん以上外す等)など1球も投げられなかったし、2人ともバットが届けばお構いなしに打ちにいった。
そういった『くらえ!』『まだまだ!』などの格闘漫画的な掛け合いセリフが似合いそうな試合展開になったがゆえに、そしてお互いの打撃力が投手力を上回った結果である。
「さぁーて、はたしてラクーンズのサヨナラ勝ちはあるのでしょーか?」
『今ここで起きる現実なんだよ!!』
相変わらずの山崎 桜と、相手チーム監督との掛け合い。こいつら、もう友達でいいんじゃないかな。…相手監督はああ言っているが、ラクーンズが得点したのは2回以降。山崎がマウンドにいないイニングのみである。1回は山崎のジャイロに3者凡退している。
「では、山崎投手、9回裏の1球目を―――」
体をねじり、振り上げた足の膝をギュっと体に押し付けて。
超低空サブマリンの1投が放たれた。
バシッ
『わぁー』
浮き上がってから落ちるアンダースロー特有の軌跡を描き、アンダースローでは投げにくいスライダーの変化を加えつつ、白球は外角低めギリギリへと入って…山田キャプテンのミットにはじかれた。山田先輩あわててボールを追う。
「ありゃー?ちょっとセンパーイ」
『すまん!でもなぁ…まだ練習中なんだよな……』
ただでさえ軌跡が分かりにくいのに、曲がったらそりゃ難しい。捕手って大変だ。
『ひさしぶりのサブマリンだな』『相変わらず読みにくい球筋だ』『覚えたぞ』
『あの技は知っているぞ。今度こそ打つ』『いつまでも通じると思うな』
相手チームの打者や次打者、ベンチ待ちの打者が、次々と口を開く。
この回になると相手チーム監督だけでなく、相手味方ともに今回の試合のノリにすっかり染まってしまっていた。誰もが余計な一言で盛り上げようとする。弘前高校守備陣は守備陣で『こっちに打ってみろ。捕るぜ』『見える。見えるぞ』などの声が聞こえる。
…いずれにせよ、楽しんでいるのは良いことだ。
第2投。同じフォーム、同じコース。――からのシュート変化。
『――くっ!』
内角へ変化した球を打ち損ね、打球はサードゴロ。送球は余裕でアウト。
「フフフのフ。これがお望みのサブマリンだ打ちたければ打つがよい」
『おのれー』『おのれー』『おのれあくまめー』
わざわざ相手チームのベンチに向けて言う山崎。それに返すラクーンズ選手。楽しそう。
しかし打線に手加減は無い。
打倒山崎で訓練してきたのか、それとも集中力のためか(あるいは山田キャプテンの捕球力に対する手加減のためか)、三振になる事はなく、必ず打ってくるラクーンズ打線。
上位打線だったこともあってか、1アウトでランナー1塁2塁という、一打同点、逆転サヨナラの機会。
「やるな緑の獣よ。さすがは恐れられるだけの事はある」
やけに尊大な山崎のセリフ。それはファーマーにとっての恐怖かな。
「だがそれもここまでだ」
『なにィ?!』
スパァ―――――ン!!!
全員予想していたが、高速ジャイロに切り替える山崎。
そして打者は予想していても打てない。今の打者はバッターボックスで初見の球だ。
「そもそもまだ4番以降にジャイロ投げてないのよね」
『こん畜生―――――!!』
「ベンチからの観察だけで打てるほど、あたしのジャイロは甘くないわよ?」
『当てろ!内野を抜ければ同点だぞ!!』
「その通り。だが簡単ではない。なぜか?――それが私のジャイロだからだ」
『おのれ―――ッ!!』
分かるようで分からないやり取りの後で、投球を再開する山崎。
スパァ―――――ン!!!
スパァ―――――ン!!!
『ストライク。バッターアウッ(アウト)』
なお、両チームの掛け合いがあまりに調子良すぎて陰に隠れてしまっているが、ちゃんと審判陣は仕事をしている。見送り四球になる事がほとんど無かったため、球審としての仕事は少なめではあったが(その代わりに両チームとも打ちまくるので塁審としての仕事量は多くなっていた)。
一打逆転サヨナラの機会を残しつつ、2アウト後のバッター。
「最終バッターでしょうか」
『それはサヨナラでだな!倉沢ぁ!打てぇ―――!!!』
2ベース以上の長打でサヨナラの場面ではある。だが簡単にはいかない。なぜなら。
「私の本気を見せてやろう」
『!!!』
山崎は一度も限界全力の投球をしていないからだ。キャプテンがんばれ。
「見よ!真・半月投法!ジャイロスペシャル!!」
などと言って投球フォームに入る山崎。しかし半月どうこう言っているのは振り上げた足が弧を描くからだとか(かっこいいからと言って無理やり作っているだけだ)そんな理由なだけで、実際はただの全力山崎である。
だがそれが最高に始末に負えない。
スパァ―――――――ン!!!!!
『げぇっ!!』『どうした?』
相手ベンチからの声。
『162キロ…メジャーリーガーかよ?!』『マジでか?!』
ざわりざわりとざわめく相手ベンチ。バッターは目をむいている。弾丸のように直進してくる【剛速球】。もちろんただの速球であれば、目さえ慣れれば時速200キロのボールだろうが打てるのが人間だ。しかしそれはタイミングとコースがほぼ同じで投げてくる、ピッチングマシンが相手の場合。それもバックスピンの速球だ。人間の投げる160キロ…それもジャイロボールとは話が違う。
「ゆくぞ!私の球を受けてみろ!!」
『ヒィっ!!』
キャプテンが小さく悲鳴を上げたような気がする。おそらく一番ツライのは捕手。
きゃーたすけてぇー!という心の声が聞こえた気がした。
ですよね。場面的にはピッチャーの相手は打者で、投球を受けるのは打者なんだけど…物理的に球を受けるのは打者じゃなくて捕手だもんな。キャプテンがんばれー。
スパァ―――――ン!!!!
スパァ―――――ン!!!!!
『ストライク。バッターアウッ!ゲームセット!!…選手集合!!!』
主審の号令に、皆が集まり整列する。監督もベンチから走ってくる。
『9回終了、9対7にて、県立弘前高校の勝利。両チーム、礼!!』
『『『『ありがとうございました―――っ!!!』』』』
日本のアマチュア野球は礼に始まり礼に終わる。こういう所は特に好きだと、山崎が以前言っていた気がする。
『…さて、主審である私から、最後に一言。これにて今日の試合は終わりです。ですので!次回の試合からは、【普通のマナー】を守って試合を行えるよう、各自注意すること。よろしいですね?』
『『『『ご迷惑おかけしました――――っ!!!』』』』
全員が審判陣に深く礼。
アマチュアスポーツは礼節を尊ぶのである。ホントすいませんでした。
おもにウチの暴れん坊が。
※※※※※
「また試合しろよ!絶対だかんな!!」
「はいはい、わかりましたよ松川さん。そのうちにねー」
球場の整備を終えて、さぁ帰ろうと準備をしていると、ウチの山崎と相手チームの監督が話しているのが聞こえた。ホントに喧嘩友達で良かったのか…
しかし練習試合の決定権が監督(顧問教師)ではなく1年の女子選手にあるとはいかに。なにやら間違っている感がある。
「具体的にはいつだよ?!」
「当分の間は無理ですね。期末前の実力テストもあるし、すぐ期末だし。そもそも――」
山崎 桜は、言葉を区切って、はっきりと言った。
「――夏大会の県予選が始まりますから。それが終われば本戦ですしね!!」
山崎、満面の笑顔。対して相手の監督は一瞬びっくりした顔になった後、真顔になった。
「…そりゃ本気か?お嬢ちゃん」
「本気も本気。あぁ、あくまで、あたし達の目標は本戦出場です。さすがに全国制覇なんて高望みはしていません。」
「…それはそれで…どうなんだ。まぁ、難しくはあっても、不可能ではないか」
「おっしゃりたい事は分かりますよ。守備も打撃も打線も、見直しは必要ですからね。それを含めて、今回は勉強になりました。ありがとうございます。」
山崎は帽子をとって深く礼をする。相手監督はまたびっくりした顔。
その様子を見ていた俺たち弘前高ナインも、同様に礼をした。
「お、おう。県大会がんばれよ。」
少し動揺した様子で声を出す監督。山崎は体をおこして帽子をかぶり直し、いつもの腕組みをして笑うと、こう言った。
「今度試合する時は、夏大会出場高との試合になりますね!やったね!ちゃんと試合は組んで『あげます』から、安心してくださいよ。お楽しみに!!」
「結局いつものノリじゃねーか!最後は謙虚に締めろよ!もう高校生だろが!!」
山崎 桜は平常運転にて、今日の試合を締めくくったのだった。
【試合結果】
弘前 102010311 |9
木津川 021110200 |7
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