第13話 縁側で

 ステージ四、火山ステージの領域守護者、火龍アグニール、その凶悪なかぎ爪を華麗にかわし杖で殴る。

 か細い腕から繰り出されたとは思えない強烈な一撃が火龍アグニールの巨体を仰け反らした。

 直ぐに二匹のレッドドラゴンが、不安定な姿勢になった華奢なエルフに襲いかかるも、彼女は踊るようにして華麗にかわす。

 その際、襲ってきた相手への追撃を入れる事も忘れない。


 完璧なヘイト管理、アグニールと二匹のレッドドラゴンは、エルフの少女を仕留めるのに夢中だ。


「ユウキも手伝いなさいっ!」

 神崎さんの不満が直ぐ隣から聞こえる。

 縁側に腰掛け、上半身仰向けになってゲームを僕らはしていた。


 横目で盗み見た彼女は、口を尖らせ夢中でスマホの画面に集中している。


「今、力を溜めてるから頑張って!」

 僕は、重心を落としスラッシュの威力を最大にする為、ジッと集中していた。


 前衛は腕力が自慢の脳筋エルフに任せれば良い。

 ほら、また、杖を鈍器のように振り回してアグニールをぶっ飛ばした。

 行け! 僕らの脳筋魔法使い! 


 悪いドラゴンをぶっ飛ばせ!


 大活躍とは裏腹に、神崎さんは、縁側から伸ばした足をバタバタさせる。まるで子供だ。

「もう、あなた、戦士なんだから私を守りなさいよ」

 と言いながら、敵の攻撃をギリでかわし、ゴンゴンとドラゴンに不満をぶつけた。


 火龍アグニールと愉快な仲間たちのアルゴリズムは単純。直近に攻撃してきた相手を狙って反撃をするというもの。ちなみに、豚の王様も同じ仕組みだ。


 頃合いを見計らい、力を溜めたスラッシュを放つ。

 よし、これで一匹め……。


「えーーっ!」

 スラッシュの射線に別のレッドドラゴンが割り込んだ。


「はい、ざんねーん!」

 クスクスと笑い声。


 犯人は、神崎さん、こいつだ!


 タイミング良くドラゴンをぶっ飛ばして邪魔するとは……、器用な奴。

 しかも、このドラゴン、結構、体力に余裕がある……。

 ちっ、誘ったな!


「そろそろ戦いなさいっ! そっち行くわよ!」

 だよねー。


 僕のスラッシュを受けたレッドドラゴンは、物凄い勢いで向かってくる。


 だがしかし、僕だって、花壇の手入れ後の特訓でレベル五十を超えて五十七になってるのだ。

「見ろ! 修行の成果!」

「そうよ! 見せなさいっ!」

 彼女はスマホを握る両手を天に突き出し、僕に声援を送る。


 ゲームのキャラというのは、能力を尖らせた方が強いというのがセオリー。

 だからこそ、僕もレベルアップ時のスキルポイントの割り振りには本気で悩んだ。


 新しいスキルも習得せず、僕が尖らせた能力、それは……、

「バックダッシュ!」

 レッドドラゴンとの距離が一気に開く!


 ふっ、トカゲの上位種如きでは追いつけまい。

 バックダッシュのスキルはカンストしてるからな!


 逃げるが勝ちとは、立派な兵法だ。

 恥じる事ではない!


「バーカ」

 彼女の鼻息が荒い。

 もしかして、怒ってるのか?


 なぜ、弟子の成長を素直に喜べない?

 ツンデレなのか?

 そんな素振りは無かったが……。


「距離をとってもダメよ」

 その声に鳥肌が立った。


 でも、ほら、レッドドラゴンだって僕を追いかけるのを諦めて……、

「あっ、ブレス!」

 すっかり忘れてた。


 一定距離離れると、竜種はブレスを使ってくる!


「バーカ、一回死になさい」

 冷え切った声。

 逆に、レッドドラゴンは、火炎のブレスを吐き出した!


 くっ、防御連打、連打!


 体力がガンガン減る。

 両手持ちの大剣にこだわらないで、盾を装備しておくべきだった!


 かもしれないが、今は、連打!

 連打、連打だ!

 スマホの画面を指先で連続タップをする。


 どりゃーーーー!


 画面のエフェクトが収まり、ブレス攻撃が止んだ。


 ふーふーふー、身体がプスプスと焦げる。

「どうだ! ブレス如きで僕は倒されない!」

「強がってもダメ、フラフラじゃない」

 うっ、確かに、頭の上でヒヨコがピヨピヨと飛び回っている。


 ピヨピヨ、ピヨピヨ……。


 レッドドラゴンはブレス後の硬直で動けない。

 僕もピヨピヨで動けません! オーバーダメージを根性で耐えたけど失神しちゃった。


「もう、しょうがないなぁ」

 彼女は、相手をしている二匹のドラゴンから距離をとると、呪文を詠唱をした。

「氷河の杖!」

 声に出すなよ。この、厨二病!


 杖が氷属性を帯びる。その打撃は凄まじく、戦士顔負けの威力。

 ピロローンと現れた与ダメポイントの桁が違う。

 万を超えてるし、しかも、両方、クリティカルなんて、きっと変なスキルを所持してるな……、この、廃課金め!


 二匹を仕留めた彼女は、一瞬で僕のそばに来た。

 その速さは、僕のバックダッシュと同等、いや、それ以上だ。

「ユウキに、私がトドメを刺してあげる」

 縁側で仰向けに座ってる彼女は、顔を僕の方に横に向け、ニヤニヤと笑った。


 ムムム……。

 相変わらずピヨピヨと失神状態で動けない僕。


「うおおおーー!」

 必死でタップし回復を試みる。

 彼女は杖を振り上げた。


「この人でなし〜〜!」

「えいっ!」

 隣の彼女が縁側をゴロゴロと僕の方へ転がってきた。

 身体が触れる。

 すぐ横に両肘をついてうつ伏せになった彼女。

 頬に触れた髪の毛がこそばゆくて、かゆい。

 ほのかに漂う甘い香りに息を飲み込んだ。


「なーてねっ!」

 スマホ画面が優しい色に染まる。

 体力が回復し、ゲームキャラの意識は戻ったが……心は現実に留まった。


 無邪気な彼女は見事に僕にトドメを刺した。


 可愛い声で、

「どりゃーーーー!」

 と彼女は叫ぶ。


 台無しだ!


「ボサッとしないで倒しなさい!」

 僕のゲームキャラは、彼女に突き飛ばされてレッドドラゴンへと一直線に突撃していく。


 フレンドリーファイヤーってこういう事も出来るのね……、トホホ……。


「倒すって、どうやって?」

 自慢じゃないが、倒す自信はないぞ!

 絶対にな!


「簡単よ! ブンと当てて、ヒョンて避けるの繰り返しをしなさいっ!」

 はいはい、脳筋はこれだから困る。

 僕は、君ほど運動神経は良くないんだからねっ!


 耳元で彼女が元気一杯に叫ぶ。

「ほら、よけろ!」

 吐息が耳に……、僕の体温を上昇させる。


 彼女が顔を寄せてくる。

「今よ!」


 ……何がだよ!


 僕は必死に現実とゲームの中で戦った。 


 君の身体が触れる度、またまた、吐息と香りを感じる度に僕の五感は、君を強く意識する。


 脳の回路が焼ききれそうな程、僕は熱くなった。


 それでも僕は冷静を装い、子供のように無邪気な君の元気な声援に応える為、必死に戦った。


「キャーッ! やったわ!!」

 足をバタつかせ、うつ伏せのまま、彼女はガッツポーズをした。


 僕は、ゆっくりとスマホを天に突き出す。

 これで解放されると思うと身体から力が抜ける。

 思わず、大きなあくびが出てしまった。


 視界に彼女が飛び込んできた。

 長い黒髪が僕を包む。

 二重の瞳、優しい微笑みが時を止めた。


 潤んだ唇の色気に気付き、ゾクッと電気が流れ、身体が硬くなる。

 目をそらすと彼女の首元にホクロを見つけた。


 耐えられなくなった僕は目を閉じた。


「もっと、喜んでよ……、バカ……」

 僕の額に彼女のスマホの角が当たった。


 彼女は僕から離れ、また仰向けになった。

 体温が下がるのを待ってから彼女を見ると、スヤスヤと寝ている。


 無防備な奴……。


 僕もいつしか眠りに落ち、目覚めたのは彼女の母親か昼時を知らせに来た時だった。

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一番近い君 小鉢 @kdhc845

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