第12話 草むしり

 早々に朝食を切り上げ、花壇の手入れをする事にした。

 他人の家で食事を楽しめる程、僕は図々しくなかった。

 取り敢えず雑草を抜く。それからだ。

 黙々と草むしりに専念していると気配を感じ、手を止めた。


「ごめんね、パパがうるさくて」

 着替えて来た彼女が、驚いたことに門から入ってきた。

「な〜に、その不満そうな顔、もっと短い方が良かった?」

 服装に不満は無い、むしろ、丈が長い方が清楚な外見には似合っているように思えた。

 いや、悔しいが似合ってるし、美人だ。


 くそっ!


 さらに、あろうことか彼女はスカートの裾を片手で掴み、さらに少し持ち上げて見せた。

 細くて綺麗な足が膝まで露わになる……がその先は見せない。だからこそ、男はそこを本能的に想像してしまう。


 見えない方が……。


「へぇ〜、鼻の下伸ばしちゃって……、やーね、エッチ!」

 楽しそうにヒラヒラと闘牛士のようにスカートを揺らしている彼女をキッと睨みつける。


 くそ! 調子に乗りやがって、噛み付くぞ!

 ガルルル!


「何しに来たんだよ! 冷やかしなら帰ってくれ!」

「ジャーン」

 彼女は僕にトドメを刺す為に隠し持っていたものを見せつける。


 それは剣では無く、ガーデニング用の小さな鎌だった。


「サッサッと雑草を片付けて、続きをするわよ」

 これ見よがしにスマホを見せつけてくる。

「いやいや、雑草を抜いたら、僕、少し寝るよ」

 不思議なもので、目覚めは良かったが時とともに眠気を感じ始めた。

「何、言ってるのよ、ちゃんと夜、寝なさいよ」

 だから、明け方までゲームしてただろ!

「何で、そんな元気なんだよ」

「バカ! 何で、眠いのよ! 早くレベル50になりなさい! 私たちのギルド、加入条件がレベル50以上なんだからね!」

「いいじゃん、もう入ってるんだから」

「ダメよ、うるさい奴が、そろそろ、きっと文句言ってくるわよ」

 隣に座った彼女が、鎌をキラーンとさせると、凄い勢いで草を刈っていく。


「少しは気を付けろよ」

「大丈夫よ」

 ホントかよ!

 天を仰ぐと隣の家との壁越しに神崎さんのお父さんと目が合う。

 ちょこんと頭を下げたが、僕は無視された。

「さやか、行ってきます」

「行ってらしゃい」

 心のこもって無い声、目も合わせず彼女は草刈りに夢中だ。


「ゔっ、さやかぁ〜、行ってきます」

 お父さん……泣きそうだ、泣くなよ、大人だろ。

 見かねて、彼女の肩を恐る恐るチョンチョンと叩く。

 少し躊躇して動きが怪しかったかもしれない、お父さんがギロリと睨んできた。

 仕様がないじゃん、女の子に触るなんて緊張するんだよ!


「パパ、行ってらしゃい」

 彼女の作り笑いは、僕には「早く行け!」という風に見えた。

「ありがとう、さやか、パパ頑張るよ!」

 それでも、お父さんは嬉しかったらしい、最後にもう一回、僕を睨むと、上機嫌で家を出た。


「あら、庭いじり?」

 お隣のお母さんが顔を出し、直ぐに慌てて、

「あっ、パパ、お弁当!」

 と駆け出した。


 微笑ましい光景が少し羨ましくて、クスッと笑ってしまう。

「パパの……、バカ」

 何故か、頬を膨らまし彼女は呟いた。

「何よ!」

「いや、仲良いよね、神崎さんとこ」

 本心から出た言葉。

「ユウキのとこは仲良く無いの?」

 ユウキ?


「どうしたの?」

「いや、呼び方が……」

「今更じゃない、散々、昨日から呼び捨てよ」

「それゲームだろ?」

「同じよ! 西崎くんとかユウキとか使い分けるのは面倒なのよ! ねっ、西崎勇樹ゆうき、しっかりしろ!」

「しっかりしろ! って何だよ」

「ところで、ユウキの家族は?」

 逃げんなよ! でも、 

「来月には帰ってくるよ」

 どうせ四十九日だ……。


「いつ?」

「六月二一日の金曜日」

「長いわね、寂しくないの?」

「別に……大丈夫だよ」

「そう」

 僕は大きい雑草を抜いて彼女に見せびらかした。

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