第11話 花壇
ゲームしながら寝落ちとは自堕落の極み。
慌てて制服に着替え、玄関を出た。
心に引っかかりを覚え立ち止まる。
玄関脇の小さな花壇、いつの間に、こんなに雑草が増えたんだろう?
そこは、母さんと妹の花壇だった。
そこで、二人は良く談笑をしながら、手入れをしていたのを思い出した。
僕は、しゃがむ。
「邪魔だな……」
道脇によく見かける、名も知らぬ雑草は抜こうとしたら、それは抵抗をした。
力加減を変え、その草を抜く。根に付いた土は地面に叩きつけて落としてやった。
土の匂い……。
バラの花……が咲いていた。
花には興味がない……が勢いに欠けるような気がした。さらに、土の上に落ちたつぼみがあった。
そもそも、バラは今が盛りなのか?
それすらも知らない。
すぐ横で妹の影がささやく。よく聞いたセリフだ。「バラは手間が掛かるのよ。まるで、お兄ちゃんみたいねっ」と言い、微笑みと共に奥の方へ消えていく。
バラの葉が黒ずんでいる?
「いたっ……」
不用意に差し出した手が棘に触れた。
世話が必要なくせに、人を拒む、ふざけた奴。
確かに厄介だ。
でも、バラは人を和ませることが出来るが、僕はちがう……。
風が優しく頬を撫でる。
朝のさわやかな陽光がレースカーテンのように僕を包み込み、僕を心地良くする。
あまり寝てないはずなのに、こんなにも良い目覚めは久しぶりだった。
昨晩のおっさんと神崎さんのやり取り……。
ムキになりすぎなんだよ、おっさん。
それと、ジーグフリード、学校では王子様気取りの西園寺、あいつ何がしたかったんだ、バカな奴。
思わず笑みがこぼれ、手で口元を覆い、それを隠す。
暖かな眼差し。
眩しい光が目に入る。
顔を上げれば、塀の上に乗せた片腕を枕に、こちらを見ている神崎さんがいた。
「へぇ〜、バラが好きなの?」
彼女の利き腕には新聞が握られている。
「いや、そういう訳じゃないさ」
「そうよね……、花壇、雑草だらけよ」
「知ってるよ! 早く制服に着替えろよ! 遅刻するぞ!」
壁から覗く彼女は髪も少し乱れていた。
彼女は、キョトンとし、新聞をバンバンと叩きながら大声で笑い出した。
隣の家から聞き慣れない男性の声が響く。
「さやかぁー、新聞を早く持って来てくれ!」
「はーい、ちょっと待てて!」
彼女は目に溜まった涙を拭きながら、
「今時、新聞とか、パパもバカよね。あと、君、制服は着る必要は無いわよ。今日は創立記念日で学校は休みなのよ」
いつ拾ったのか、彼女は小さな小石を僕に投げて来た。
「ムッとしないのバーカ」
壁から離れ隣の玄関の方へ駆け出す彼女を、僕は立ち上がり見送った。
閉まった玄関が、すぐに開き隙間から彼女が半身を出し、
「あと、待っててくれてありがとねっ!」
と言い残し、すぐに慌てた様子で扉を閉めた。
「…………」
くそっ、創立記念日って休みになるのかよ!
だからこそのゲームで徹夜なのか……。
力が抜け、尻餅をつくようにして空を見た。
空の色は今よりも冬の空の方が澄んでいる。
でも、五月の空もそれに勝るとも劣らない。
乾燥して暖かな空気に囲まれて、澄んだ深い青の空を見上げる。
その遠く、もっと深い所に隠れて見えない星々を感じられた。
空へ手を差し出す。
決して触れることができない奥へと手を差し出した。
「どうしたの? 死ぬの?」
「死なないよ」
塀の向こうに神崎さん。
くそっ、この壁、もっと高くならないかな!
「変な顔して、空なんか見ちゃって、バカなの?」
「用が無いなら帰れよ。僕はこれから花壇の手入れをするんだ」
「朝ごはん、まだでしょ?」
聞けよ、僕の話を!
海風が、彼女の髪をとかすようにしてなびかせる。
さらさらと長い髪が風に泳ぐ。
それを手で抑え、彼女は抵抗した。
「朝ごはん、食べに来る?」
「いや、朝は食欲が無いんだ。だから、いいよ、気にしなくて」
野良猫じゃあるまいし、僕は、餌付けなんてされない!
「そう、答えるとおもった」
あれ? 素直な彼女が怖い……。
腰高の壁の上に両腕をついて、そこを支点に、彼女は壁を勢い良く飛び越える。
揃った両足が壁の上で綺麗に水平になった。
「ジャージ?」
見覚えのあるような気がして声が出てしまう。
「あら? スカートじゃなくて残念だった?」
塀の前で仁王立ちの彼女、おしとやかという言葉とは程遠い。
でも……、そばに来て、体育座りに彼女はしゃがむ。
「来るでしょ?」
顔が近い、僕の顔が赤くなる。
耳が熱い。
彼女は僕の手を取った。
「さぁ、行きましょ」
僕はただ為すがまま頷いた。
新しい日が今日も始まる。
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