第34話 人間の向かう先(後編)
辺りが暗くなり、次に明るくなると、山の山頂だった。
山頂にはギルベルトの屋台が出ていた。辺りを見るが武神はいない。
(
屋台には一人のお客がいた。お客は茶色いシャツにズボンを穿いて、サンダル履きと身軽な格好をしていた。髪の色は緑色だった。
お客の横に座る。お客は彫の深い顔をした、目鼻立ちがはっきりした四十代の男性だった。
ギルベルトが笑顔で挨拶する。
「フィビリオさん。いらっしゃい、今日は、お一人かい?」
「武神と一緒に来たが、逸れたらしい。こっちに知恵の神様が来ているか?」
ギルベルトは穏やかな顔で教えてくれた。
「それなら、横にいるお客さんが知恵の神だよ」
「知恵の神様か。俺の名はフィビリオ、聞きたい解決策があるんだが、いいか?」
知恵の神は機嫌よく応じる。
「来ると思ったね。ほうぼうで活躍しているそうだね。敬意を表して一杯、奢るよ」
知恵の神はギルベルトに注文を出した。
「ギルベルトさん、フィビリオ君に適当に三つほど煮物を出して、あと酒を一杯ね」
ギルベルトは愛想よく注文を受ける。
「はいよ。それで、私も席を外したほうがいいかね」
知恵の神は気のよい顔で返す。
「ギルベルトさんはいていいよ。飲み屋の主人は客の愚痴を口外はしない。それに、ギルベルトさんは、もう、神じゃない。だから、聞いても問題ない」
(何だ? 他の神様には聞かせたく話だったのか)
知恵の神は酒を飲みながら軽い調子で話す。
「さて、君が来た理由だ。人間の世界で起きようとしている大戦争を止める知恵を借りに来たんだね?」
「そうだ。法の神も正義の神も戦争を望んではいない。だが、戦争が起きそうだ」
知恵の神が少しばかり苦い顔をする。
「世界が戦争に向かう理由の原因は悪人の不足なんだよ」
なぜそうなるか、フィビリオにはわからなかった。
「どうして、そうなるんだ?」
知恵の神は煮物を突きながら、当然のように語る。
「人間は外敵がいると協力して、外敵を排除する生き物だ。外敵に勝利する成果が自分の所属する社会での地位を上げる手段だからね」
知恵の神が提唱する理論はわかる。だが、納得はできない。
「昔は倒すべき悪がいた。ゆえに、人間は手を取り合って平和だった。今は倒すべき敵が少ない。だから、自分たちで殺し合うのか。人間はそんなに愚かだと思えない」
知恵の神は顔つきも穏やかに優しく語る。
「賢いとか愚かとかの問題じゃないんだよ。人間は自分が属する社会で地位を上げたがる生き物なんだ。理屈は創造神だよ。創造神は人間を作る際に人間に向上心を植え付けた」
そこまで話すと、知恵の神はコップを片手に確認する。
「向上心は人間に必要だろう?」
「そうだな、必要だ。向上心がないなら、人類の進歩はなかっただろう。俺だってレベルを上げなかった」
「今回の争いが起きた原因は、悪が存在しない状況下での向上心の暴走だ。悪がここまで駆逐されるなんて。僕だって予測できなかった。だから、誰も創造神を責められない」
なぜ、争いが起きたかは理解した。だが、知りたい問題点は原因ではなく解決策だ。
「創造神を責めようとは思わない。俺は解決方法を知りたい」
知恵の神は、澄ました顔で教えてくれた。
「いくつかあるよ。人類を一度、滅ぼして、作り直す。人間が神に隷属する神話の時代に逆戻りさせるのも選択肢の一つだ」
とうてい受け入れらない回答だった。
「何だ、それは? 大きな戦争よりも
知恵の顔は明るい顔で示す。
「あるよ。戦争以外の道を、示してやればいい。戦争は社会の中で人間の地位が向上をさせる手段の一つ。戦争以外の他に地位を上げる手段があれば、痛い目をない分だけ人は飛びつく」
「戦う以外に英雄を生み出す道なんか、あるのか?」
知恵の神は確信に満ちた顔で語る。
「英雄までは必要はない。人間は集団における地位と収入が安定して上昇し続ける限り、争わない生き物だ。もし、ここで戦争以上の利益が目の前に現れれば、誰も戦争に行かないね」
知恵の神の答えは、答えになっていないと苦く思った。
「戦争で得られる以上の利益なんて、あるのか?」
知恵の神は知性に満ちた顔で教えてくれた。
「実は地上にある富は、世界全体から見れば一%にも満たない」
フィビリオからすれば、驚きの情報だった。
「天国や地獄にそんな財産があるのか」
知恵の神は、すらすらと語る。
「地上の人間は一%以下の富を奪い合っているのであり、もし、天国か地獄から富の放出を行えば、この富を得んとして、地上の争いはしばらく止まるね。宗教戦争の話も立ち消えになる」
「それで、どの程度の富が放出されればいいんだ?」
知恵の神は軽い調子で返事する。
「この度の宗教戦争はまだ極地的なもの。なので、放出量は武神や僕のお小遣いでもお釣りが来る。断っとくが、僕は人間同士の争いを止めるのに財産を放出しないよ。武神も拒絶するだろうね」
フィビリオはがっくりした。
「神様には神様の事情がある、か。でもそうするなら、争いを止める方策はなしか?」
すると、今まで黙って話を聞いていたギルベルトが口を開いた。
「フィビリオさえよければ、解決策があるよ」
「どうして、今の話の流れから解決策がある、ってなるんだ?」
ギルベルトが柔和な顔で教えてくれた。
「いやね、前に結婚式に行った時に聞いたんだけどね。創造神が冥府の裁判官を募集しているんだよ。冥府の裁判官の俸給だけど、結構な額だよ」
「でも、冥府の裁判官なんて、人間にはなれないだろう」
ギルベルトは問題点をあっさり否定した。
「神様になってもらわなければいけないけど、レベル百なら問題ない」
(そういえば、カルテイーアも人間から神様になったって、告白していたな)
ギルベルトの案なら解決できそうだ。だが、フィビリオが困る。
「でもなあ、冥府の裁判官になったら、レベル上げができないだろう」
知恵の神がにこにこ顔で教示する。
「それは考えようだね。レベル百から上に上げようとする。強敵の神様を倒しても千くらいしか入らない。だが、地獄の亡者なら、簡単だ。なのに、どんな亡者で一経験値が手に入る」
(レベリングには効率は大事だ。とくにレベルを百一に上げるとなると、いくら経験値が必要になるかわからない)
「範囲魔法や範囲剣技で亡者を倒してレベル上げしたほうが効率がいいのか?」
知恵の神は微笑んで勧める。
「利点は他にある。亡者は無限に湧く。また、倒しても現世の善悪バランスには影響しない」
冥府でレベル上げするのは良さそうだった。だが、まだ、問題がある。
「地上じゃ、毎日のように人が死んでいるんだぜ。裁判していたら、裁判に時間が取られて、レベル上げする時間もなくなる」
知恵の神は知的な顔で解決策を提示した。
「それなら問題ない。魔術のクリエイト・アバターで分身を作って、裁判とレベル上げを同時にやったらいい。最初は難しいが、慣れると、同時にできるよ」
(冥府にずっと籠ってレベルを上げ続けるなら、冥府の裁判官になっといたほうが色々と便利かもしれない)
「よし、それならいいか。なら、さっさと、スタンプ百個を貯めて上限を開放しないとな」
ギルベルトが優しい顔で申し出る。
「どれ、スタンプ・カードを貸しなさい。儂が知り合いを回って、スタンプを集めてきてあげるよ」
「でも、いいのかい? スタンプって貢献しないと貰えないのだろう?」
「自分の財布を開けるのは神様とて渋る。だが、スタンプはもっと気軽に押せるんじゃよ。儂が頼めば付き合いで押してくれる」
「そうか。なら、悪いが、頼むよ」
フィビリオがスタンプ・カードを渡すと、ギルベルトは雲に乗って消えた。
ギルベルトが戻ってきた時には、スタンプ・カードに全てのスタンプが押されていた。
「やった、これでレベル上限解放だ」
***
冥府に裁判官が誕生すると、地上で変化が起きた。
冥府から放たれた光により、大陸中の気候は温暖になった。
耕作可能地域が広がり、恵まれた土地では三期作や三毛作が可能になった。
フィビリオは地上に降り立ち、聖王国の農夫に尋ねる。
「プラネス王国との戦争の話って、どうなりました?」
農夫が忙しく麦を刈り入れながら答える。
「こちとら、一年中ひたすら農作業で忙しいんだよ。戦争なんてやっていられるか」
かくして冥府に裁判官が誕生して大陸には平和が訪れた。
【了】
休暇を取る手助けをします 金暮 銀 @Gin_Kanekure
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