3話

「目標は小隊一つほど。森にはいる直前に狙撃、取り逃した者を奇襲班で森の中へ誘導。あとは────」

「ああ、いつも通りやらせてもらいますよ」


僕らは迅速に、指示通り狙撃班と奇襲班に分かれ敵を迎え撃つ準備を進める。

この森は、この最北端基地の最前線にして最終防衛ライン。

そんなふざけた戦地を守り続けて何十年、ここは僕らにとって庭のようなものだった。

もとより技術が進んだ国であることも幸いし、若干15名という小隊にも満たない数でも、僕が知る限り敗北は無い。

木の上に作られた土台から隠れて正確に敵を撃つ仲間達に心の中で賞賛を送り、敵が森から離れてしまう前に僕らは動いた。

「グレネード、照準完了」

無線を通じて、いけ、と返答が来るのを待って、僕は愛用のグレネードランチャーの引き金を引いた。

爆弾が弧を描いて大体狙い通りに落ちた。

続けてもう1発、また、また、また。

何人かは爆発に飲まれ、何人かは仕方なく森へと逃げなんとか爆発から逃げ切る。

僕は弾倉の弾を全て撃ちきったところで一旦手を止め、新たな弾を詰めながら指示を待つ。

といっても、もうすぐ終わるだろうけれど。

慈悲なんて持ちあわせてはならない戦場で、挟み撃ちにされた哀れな敵兵は、森の中で隊長率いる奇襲班によって捕獲または殲滅されるのだろう。

そして油断していた。僕は。

戦場で6年間も過ごしてきたというのに、あるいは6年の慣れからきた慢心か。

どちらにせよ、立派な失態だ。

────叫び声が聞こえた。


「少年!避けて!」


耳元で機械を通したライの声が聞こえて、反射的に左へと身体を倒した。

瞬間、右肩に何かがくい込んで、少し遅れて痛みとともに近場の岩まで転がる。

血の気が引いていく。

息が荒くなる。

右肩を抑える手が震え出す。

────────死ぬかと思った。

岩に身を潜めて、流れる血で手をべとつかしながら、深呼吸して無線で報告する。


「撃たれました。右肩。おそらく南西辺りから」

「すみません、妨害装置で発見が遅れました。ええ、南西に狙撃手が1人います。……迎え撃てますか?」

「武器を手放してしまって……難しいです」


なんてことだ。

ここから索敵すれば敵に気づけたかもしれないのに。いつもならしていたはずなのに、何でしなかったんだ?ああ、そんなこと今更遅い!


「少年」


別にこういう状況が初めてという訳では無いけれど、命がかかっているんだ。

人の命なんて、鉛玉1つで簡単に消えてしまうんだから。

気を緩めたら、絶望で自暴自棄になりそうだ。

冷静でいよう冷静に。さあ、どうしようこれから、武器を取りに行くのは危険だけどそれしか


「少年。聞こえていますか?」

「……はい」


……深呼吸だ。落ち着け。


「応援は出来ません。そこは遮蔽物が少ないので撃たれる可能性がありますから」

「……分かってます」

「今、手榴弾は持ってますか?」

「二つあります」

「良かったですね、2回チャンスがあります。では投げてください」


こんな時でも、いやこんな時だからこそいつもと変わらないよう淡々として語られる言葉に、ため息が出た。

意図は理解出来たが、他人事だと思って思いつきで言っていないだろうか。

利き手ですら怪しいというのに、それを利き手と逆の手で行えと。

左じゃなくて、右に倒れれば負傷は左肩だったのにな……。

新たな後悔をつくりながら、僕は手榴弾を握る。


「やらなければ貴方はここで終わります」


気遣いという言葉を知らないんだな、こいつ。


「分かってます。やりますよ」

「大丈夫です、少年なら」


何を根拠に大丈夫などと言うのか皆目見当もつかないが、きっと気休めにはなる。

多分だけど、こういうのは気持ちが大事なんだ。

左手が吹き飛ぶほど思い切り投げた手榴弾は、過去最高に空高く飛び上がった。

安全ピンの抜かれた手榴弾は、ほぼ頂上の辺りで爆発し、狙撃手から僕の姿を隠した。

岩陰で爆発を凌ぎ、それが収まりきらないうちに僕はグレネードランチャーまで走った。

痛む肩も、震える手も、独り言を止めない脳内も、何もかもが停止した。

僕の全細胞は目の前のグレネードランチャーを手に取り、肩を撃った敵へグレネードを届けることだけに集中する。

爆発の風を受けながら、必死にライの指示を頼りに照準を合わせる。

そして撃った。

すぐに狙撃のしにくい岩陰に移り、もう1発。

4発ほど撃って、

「止め」

と短く発せられたライの言葉と同時に、ぼとっと音がする。

急に身体が軽くなり、見やると、ちぎれた左腕が落ちていた。


「……腕がぁっ!あああ!」

「…!落ち着いてくださ………どちらの腕ですか?」

「………ヒダリデス」

「貴方、左腕は義腕でしょう」

「死にかけた後はふざけたくなるものです」

「……そろそろ終わるので、歩いて帰ってきてください。もう誰もいませんので安全です」

「すみませんでした。迎えの方をお願いしたいと……あのー、応答願いますー」


こうして、心優しい隊員が迎えに来てくれるまでの5キロを、重いリュックサックとグレネードランチャーを持って歩いたのだった。


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最端の基地 512 @Rui0715

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