第2話 プロローグ


 嘘だろ…。


 クシャクシャッと、音をたてる紙。


 そんな紙を再度見直す秋斗。


 見間違いじゃないだろうか?


 まさか、あり得ないって。


 そんな気持ちを抱きながら見直すも、どうやら見間違いじゃないらしい。


「お兄さま…どうかなされたのですか?」


「あ、いや…何でもない」


「……本当ですか?もし、何かあるのでしたら」


「すまん。本当に、何でもないんだ」


 妹のえりかが、両手を胸の辺りで組みながら声をかけてきたのだが、秋斗は何でもないからと、理由を話さなかった。


 正確には、話せなかったが正しい。


「何でもないから気にするな。それよりもほら、宿題は済んだのか?」


 明らかな話題逸らし。


 しかし、兄である秋斗がこう言ってきた場合、絶対に理由を教えてくれないと、えりかには分かっていた。


「はい。お兄さまは、ですか?」


 宿題は終わったのか?


 本当に大丈夫ですか?


 二つの意味を込めて、えりかは秋斗に尋ねた。


だ。えりか」


「はい」


 兄に呼ばれたえりかは秋斗の正面に立ち、秋斗を見上げながら返事を返す。


 そんなえりかの頭を優しく撫でながら、秋斗はにっこりと微笑んだ。


「本当にだから…ありがとな」


 えりかの先ほどの質問の意図を充分理解していた秋斗は、その質問の答えを返す。


 えりかもまた、秋斗の返事の意図を充分理解していた。


 その為、素っ気ない態度をとりながら、えりかは告げる。


「いえ。妹ととして当然です」


 聞く人からしてみれば冷たく聞こえてしまいそうな、そんな態度と声であった。


「……そうか」


 お礼を言われるような事ではない。


 兄を心配するのは、妹ととして当たり前の事であると、えりかは思っている。


 また、えりかの主張は間違いではないと、秋斗も納得している。


 仲が良い兄妹。


 しかし、当の本人である秋斗とえりかは、そうは思っていない。


 仲が悪いとも思っていない。


 なら何だ?と、聞かれたら、二人は声を揃えてこう言うだろう。


 普通です。と。


「そう言えば、お兄さま?」


「うん?」


 先ほどの紙をズボンのポケットに入れながら、秋斗は返事を返す。


「もうすぐ中学校も卒業ですが、準備はよろしいのですか?」


「……⁉︎あ、あぁ。まだ、2月も上旬だ。準備には、早いんじゃないかな?」


「……そうでしょうか?」


「あぁ。引っ越すのは4月の頭。ゆっくりやればいいさ」


「……そうですね。お兄さま」


「何だい?」


「えりかは…その…お風呂に入ってきます」


「……?あぁ。ゆっくり入ってくるといい」


 急にもじもじしだした妹を不思議に思いながらも、秋斗はそう指示をした。


 秋斗にそう言わしじされれ、えりかはボソボソっと返事をする。


「は、はい…ですから…そ、その…覗いたら…駄目…ですよ?」


「…すまん。もう一度 頼む」


 ボソボソっと告げられた為、良く聞こえなかった秋斗がそう言うと、えりかは何故かムッとした表情を浮かべながら、こちらに背中を向ける。


「何でもありません。フン。だ」


 そそくさとその場を立ち去る妹を見ながら、何だったんだ?と、秋斗は首を傾げるのであった。


 ーーーーーーーーーーーー


 さて、どうしたものか。


 自分の部屋のベッドに腰掛け、先ほどの紙を見直す秋斗。


『不合格』


 文書の頭には、でかでかとこの文字が記されている。


 その後は、拝啓があり、敬具がありと、何処に見せても恥ずかしくない文書が記されていた。


 いや、恥ずかしくない文書というのは、第三者からしてみればの話しであり、当の本人からしてみれば、恥ずかしい話しだろうと、秋斗は考える。


「…はぁ。どうすれば」


 悩む秋斗。


「…くそ。志望校に合格できて、お金がないから辞退します。なんて、あり得ないだろ」


 紙を乱暴に投げ捨て、秋斗はため息を吐く。


 貧しい家庭環境のなかで育った秋斗とえりか。


 両親は他界しており、現在はえりかと二人で暮らしている。


 決して裕福ではないが、秋斗もえりかもその事を不満には思っていないのだが、不満を口にする機会がないとも言えなかった。


 特に兄である秋斗は、えりかよりもその機会が多い。


「志望校には合格出来た…か」


 しかし、それによって発生するものがありそれは…お金である。


 高校入学時にかかる金額は幾らだろうか?


 高校在学中にかかる金額は?


「奨学金制度を利用するという手もあるが」


 お金を借りる。


 つまりは借金だ。


「しかし、そうなると当然、保証人が問題か…いや、それ以前に借金などとんでもない。その為に特待生制度を利用したというのに…くそ。何故、不合格なんだ」


 学費免除の方法である、特待生。


 不合格というのは、そういう事である。


 ボスン。と音を鳴らすベッド。


 鳴らしたのは言うまでもなく秋斗だ。


 頭の後ろに両手を回し、秋斗は天井を見つめる。


 ピ、コーン。と、携帯が鳴ったのは、丁度その時であった。


 手探りで携帯を手に取り、秋斗は画面に目を向ける。


 携帯の画面には、メールが届いたという通知があり、秋斗はスマホをタッチした。


柏崎 秋斗かしわざき あきとさま。この度は我が校の特待生制度にご応募いただき、誠にありがとうございます』


「良く言うぜ。人を落としておいて…」


『この度は誠に残念な結果となりましたが、我が校としましては、妹のえりかさま共々是非、我が校に来ていただきたいと考えております』


「…いけるならな。悩む必要もないっつぅ話しだよ」


「勿論、我が校は無理強いは致しません。第二志望校、第三志望校に通うという選択をなされるのは、柏崎さまの意思なのですから」


「ねぇよ。んなもん」


 第一志望校に落ちた場合を考え、第二志望校などを受験しておくのが普通であるのだが、高校入試にもお金がかかる。


 柏崎家にそんな余裕はない。


 その為、秋斗もえりかも第一志望校しか、入試を受けていなかった。


『もしも、我が校に通いたいがお金がなくて困っている。柏崎さまがそう考えておられましたら是非一度、我が校まで足をお運び下さいませ』


「……な⁉︎」


 渡りに船というヤツだろうか?


 困っていたところでのこのメール…。


「…そんな事、あるのか?」


 特待生制度に落ちた生徒全員に、このメールを送っているのだろうか?


 仮にそうだとすれば、一体何人にこのメールを送っているのだろうか?


「そもそも、座れる椅子は…って、決まってるか」


 もしも秋斗の考えが正しかった場合、座れる椅子は一つしかないはずだ。


「成績上位者を集めての敗者復活戦。恐らくはその案内…」


 だとするならば?


「やるしかない。それしか…」


 ゴクリと唾を飲み込む秋斗。


 右の親指で番号をタプタプする。


 迷う必要など皆無だ。


「…はい…はい。そうです。メールを読みまして」


 それしか方法が、ないのだから…。

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学生寮の管理人なんて無理ですから⁉︎ 伊達 虎浩 @hiroto-

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