「たった今・・・」

低迷アクション

第1話「たった今・・・」

「たった今…」


「こちらの部屋はですね。お客様の希望額とピッタリという事に加えまして、ベランダからの景色もよく見えます。また、駅と住宅地が近いので、スーパーやコンビニ、駅前商店街からも程よい距離に加え、夜も静かですし、住んでいる方もみな大人しい方ばかりですよ。」


笑顔で説明する不動産の担当に引っ越し先を探す“友人”も、この部屋でほぼ決まりという感じで頷きます。後は彼が進めるベランダからの景色を見てみようと、友人が足を向けた時、玄関が開き、真っ赤な服のようなモノを着た小学生くらいの男の子が部屋の中を走り抜け、


彼と担当者の前の押し入れに飛び込むと、ピシャッと戸を閉めました。


「えっ?子供?てか、これ何?あの子、ここに住んでるの?ねぇ、ちょっと、君?」


驚き、声を上げる友人に対し、押し入れからは何の返事もありません。慌てて担当の方を

見れば、彼も信じられないモノを見たと言う感じはあるものの、何処か納得したような

顔をしていたと言います。


やがて、こちらの視線に気づいた担当は、咳払いをしつつ、微かに震える声で

耳を疑うような言葉を発しました。


「お客様、大変申し訳ありません。たった今、こちらの部屋は“空き室”では

なくなりました。ですから、別の部屋をご案内させて頂きたいと思いますので、

すぐにここを出ましょう。」


そう言って、友人の返事を待たずに玄関へ向かおうとします。


「ええっ?ちょっと待ってよ!今の子は?てか、どーゆう事なの?説明してよ。ねぇっ!」


彼の言葉に担当は何も答えず、早くも玄関の取っ手に手をかけます。その態度に、頭にきた

友人は、押し入れに歩み寄り、


「おいっ!君!」


と手をかけ、一気に開け放しました。


「‥‥なんだよ?これ…」


先程入ってから、一度も出た様子のない子供。押し入れの中にいるべき彼の姿は何処にも

なく、代わりに赤く大きな、ちょうど子供の形をした染みが壁一面に広がっています。思わず呟く彼の耳に


「ですから、申し上げた通り、たった今、お部屋が空き室ではなくなりました…」


という、担当の震えた声が響きました…(終)


 

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「たった今・・・」 低迷アクション @0516001a

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