悪手(あくしゅ)

低迷アクション

第1話悪手(あくしゅ)

「子供と握手するのが怖くてね…」


友人の話です。大学時代に住んでいたアパートに“Kちゃん”と言う

5歳の女の子がいました。黒い髪を背中一杯に伸ばし、大きな瞳が可愛い、元気で明るい子です。彼女の家は母親とKちゃんの二人暮らし。


この親子はKちゃんが言うには“すーっごい山の中”の田舎から都会に出てきたという事でした。母親は仕事で遅くなる事が多く、朝、Kちゃんを保育所に送り、


夜6時くらいにKちゃんと一緒にアパートに帰ってくると、夕飯とお風呂に入れ、7時には再び、仕事に出ます。そうして、日付が変わる頃になって、ようやく戻ってくるという

生活でした。


友人がここまで親子に詳しいのは、部屋で待つのが寂しくなったKちゃんがアパートの駐車場や、花壇で遊んでいる事が多く、彼を含めた住人達が、声をかけたり、遊んであげていたからでした。


住人達の優しい気遣いにKちゃんはとても喜び、彼も暇さえあれば、彼女の遊び相手を務めました。


明るいKちゃんとは対照的に母親の方はゲッソリと痩せていて、いつも苦しそうな咳をしていました。たまに友人と顔を合わせる事があっても、会釈をする訳でもなく、

どちらかと言うと、関わり会いになるのを避けていました。


ある日の事です。大学の授業が休校となり、部屋で暇を持て余す友人の耳に、外から

隣の友人とKちゃんが話をしているのが聞こえてきました。


「…あのね、お母さん、ずっと寝ているの…前から病気だったんだけど、今、もっと悪くてね。お仕事も、保育園も行けないの。Kちゃんね。困っちゃったの…」


泣きそうな声のKちゃんに対し、隣の住人が優しく声をかけます。

すると彼女の声が嘘みたいに明るくなりました。


「ホント?ホントに本当?おじちゃん!

じゃあね、おじちゃん、Kちゃんとね?握手しよ!いいかな?」


住人の了承の声とKちゃんの話が続きます。


「これね、Kちゃんが前に住んでた山でのおまじない。これで、お母さん良くなる!

ありがとう!おじちゃん」


二人の会話を聞いた翌日、隣の住人が病院に緊急搬送されました。それから友人のアパートには救急車がよく止まるようになり、彼は、すっかり体調の良くなった

Kちゃんのお母さんとKちゃんが引っ越すまでの半年間、彼女のある行動に悩まされ続けました。Kちゃんは友人と会うたびに、小さな手を出しながら、可愛く微笑み、

こう言うのです。


「お兄ちゃん、Kちゃんと握手しよ!」…(終)


 

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