第3話 別世界

「それにしても、あんたどうしてあんな場所に倒れてたのよ?」


 フェクトから渡された水で喉を潤しながら、アクノリッジが答える。


「なんかよく分からん獣に追われてな。何とか逃げ切ったけど、体力が尽きて倒れてしまったんだ」


「あー……、あの辺りは獣除けの鈴がないと危険よ? 何とか逃げ切れて良かったわね」


 丁度、アクノリッジが倒れていた場所の近くで、獣が巣を作ったという注意喚起がされていたことをフェクトは思い出す。

 何とか逃げ切れたのは、運が良かったとした言いようがない。


 倒れていた理由を理解したフェクトは、窓の外から漏れる陽の光を見ながら、口を開いた。


「まあ理由は分かったわ。もう少し休んだら、帰った方がいいわよ。暗くなるし。どの辺に住んでるの? 近ければ送って行くけど?」


 この付近の村を思い出し、それぞれの移動時間を考えていたフェクトの耳に届いたのは、全く知らない単語だった。


「俺が住んでいる場所は、プロトコルのモジュールって町だ」


「……は? ぷろ……なに?」


「プ・ロ・ト・コ・ル。知らねえの?」


「……はぁ? そんな町、聞いたこと無いんだけど……」


「フェクトや、プロトコルは町ではないぞ?」


 突然、二人の会話に祖母のチャンネが割り込んできた。ゆっくりアクノリッジに近づくと、彼の顔をじっと見る。


「お前は……、まさかとは思うが……、プロトコルから来た人間か?」


「そうだ。ばーちゃん、プロトコルについて知ってんのか?」


「まあ、一般的に伝えられている事だけじゃが……」


 チャンネは言葉を濁しつつも、アクノリッジの質問に頷いた。プロトコルについて知っている魔族が居て、彼の表情が明るくなる。 


 二人の様子を見ていたフェクトが、チャンネに説明を求めた。


「ばーちゃん、プロトコルって何のこと? 人間って……?」


「おやおや、この子はそんな事も知らないのか? 昔、物語で読んでやった事もあったんじゃが……」


 チャンネが孫の無知に、呆れた様子を見せた。祖母の言葉に、フェクトは子どものように頬を膨らませる。


「プロトコルは、魔界の隣にあると言われる別の世界。大昔には交流があったり、彼の悪名高い魔王リセが侵略した事もある世界じゃ。魔界に魔族が住むように、プロトコルでは『人間』と呼ばれる者たちが暮らしていると言われておる」


「言われておる、じゃなく、現にそうなんだけどな」


 揚げ足をとるようにアクノリッジが言葉を挟む。


 フェクトは、信じられない様子で金髪の青年を見た。どう見ても、自分たち魔族と変わらない姿をしている。なので、いきなり別世界の人間です、と言われても、彼女が信じられないのは仕方のない事だろう。

 

 彼女の心情を察したのか、どう説明したらいいのか分からない表情で、アクノリッジは口を開いた。


「まあ、人間だって証明しろって言われても、正直困るところなんだが……。てか、プロトコルとか人間とか、魔界じゃ知られてねえの? この間、あんたらの魔王が、プロトコルの王女を攫ってったはずなんだけど」


 数か月前、魔王であるジェネラルは、捕まったミディ救出の為、魔族たちを引き連れてプロトコルにやって来た。

 さらにミディの要望を聞き、彼女を魔界に攫って行ったのだ。


 両方とも、魔界では大きな事件だったはずだ。これらの話が普通に広まっているかと思っていたのだが、そういうわけではないらしい。


 その証拠に、


「はあああああああああああああああ!? あんた、何言ってんのよ!!!」


 フェクトの表情が怒りに満ち、アクノリッジに食ってかかった。唾を飛ばしそうな勢いで、言葉を発する。


「あのお優しい魔王様が、人間の王女を攫った!? んなこと、あるわけないでしょ!!」


「ちょっ……、ちょっと落ち着けよ!!」


「あんたが、くだらない嘘を言うからでしょ!!」


 言葉を叩きつけ、フェクトは勢いよくアクノリッジから手を離した。アクノリッジはアクノリッジで、嘘じゃねえのに……とぶつくさ言っている。

 魔族たちの誇りである魔王を誘拐犯にされ、フェクトは怒りを抱えたまま、アクノリッジに早く帰るよう促した。


「とにかく! プロトコルでも人間でも何でもいいから、さっさと帰んなさいよ!」


「いや、帰る方法がわかんなくてよ……」


 彼女の怒りを軽く受け流し、アクノリッジは乾いた笑いをあげると、参ったねと頭をかいた。その言葉に、再びフェクトが詰め寄る。


「何言ってんのよ! 来た方向の逆を行けば帰れるでしょ!?」


「でも獣に追われてたから、道覚えてねえし。それにプロトコルと魔界をつなぐ『道』が今どこにあるのか、俺には分からねえんだよ」


「じゃっ……、じゃあ、あんたどうやって帰るつもりだったのよ!!」


 無計画すぎる彼の言葉に、フェクトは呆れたように叫んだ。顔には隠すことなく、馬鹿じゃないの?と言う心の声が現れている。


 アクノリッジは、腕を組んで少し考えた。そしてぽんっと手を叩くと、超軽い感じで言った。


「まっ、とりあえず、ジェネラル呼んで貰えねえ? あいつなら何とかしてくれんだろ」


「ジェネラルって……、魔王様を超気安く呼んでんじゃないわよっっ!!!」


 次の瞬間、アクノリッジの脳天にフェクトの怒りの鉄拳がさく裂した。

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