第4話 人間
アートリアの村は、とてものどかだ。
畑仕事をする者、家畜の世話をする者、楽しそうな声を上げて遊ぶ子どもたち。プロトコルでも、よく見られる光景だ。
そんなのどかな風景に似合わない、痛む頭を抑える格好でアクノリッジはフェクトの後をついて村の中を歩いていた。
村で見る事のない顔、それも美しい顔立ちの青年の姿に、村の魔族たちがチラチラとこちらを見ているが、同行しているのがフェクトだと気づくと、何もなかったかのように通り過ぎていく。
恐らく、彼女の知人だと思われたのだろう。まあ、知人にしては、先を歩く彼女の表情が険しすぎるように思えるが。
不機嫌そうなフェクトの後姿に、アクノリッジは声を掛けた。
「そんな怒ることねえだろ……」
「怒るに決まってんでしょ! 魔王様に向かってあんな言い方!」
「えー、だってさ……」
「だってもそってもない!!」
フェクトはぴしゃりと言い切った。
これ以上何を言っても受け付けてくれなさそうだ。アクノリッジはため息をついて、続く言葉を飲み込むと、別の方法を切り出した。
「じゃあ、俺一人で魔王様んとこ行くから、行き道教えてくれよ?」
「あんたね……、ここから城までどれだけかかると思ってんの? 1ヶ月はかかるわよ?」
「えー、そんなに遠いのか? そういや魔族は魔法が使えんだろ? こう魔法でびゅーーんって行けないのか?」
「びゅーんって何よ、子どもかっ、その語彙力!! 転移魔法の事を言ってるんだと思うけど、あれは高度な魔法なの! 私たちが使えるようなものじゃないわ!」
「そうなのか? なら仕方ねえな……」
後頭部をかきながら、困ったようにアクノリッジは呟いた。フェクトの話を聞く限り、ジェネラルに会うには1ヶ月もの長い道のりを旅しなければならないようだ。
“転移魔法ってのは、魔族なら誰でも使えると思ってたんだけど、難しいんだな。もしかしたら、使える魔法も、個々の魔族によって違うのかもしれねえな”
フェクトの言葉から、そんな分析をするアクノリッジ。
普通の魔族が使えない転移魔法を、簡単に使っていたジェネラルを思い出すと、やはりヘタレでも魔王なんだな、と心の隅で思った。
まあ、この心の声がフェクトに聞かれたなら、きっと再び拳による制裁が彼にお見舞いされただろうが。
「じゃあお前はどんな魔法が使えんの?」
何気なく、アクノリッジはフェクトに尋ねた。個々の魔族が使える魔法のレベルを、知りたいと思ったからだ。
この言葉に彼女の表情が、さっと変わった。怒りではなく、何か都合の悪いことを指摘された様に、表情が固まっている。
「どうした?」
アクノリッジが強張った顔を覗き込んだ。先ほどまで、散々彼に怒り散らしていた彼女の変わり様を、不思議そうに見ている。
赤毛の女性は、唇を戦慄かせながら、小さく呟いた。
「……使えない」
「えっ? 何が?」
「私は魔法が使えないのよ!! 魔族なのに!」
フェクトはアクノリッジを睨みながら、大声で叫んだ。その表情は、自らを恥じるような苦しみで歪んでいる。あまりの声の大きさに、周囲の魔族たちが何事かとこちらを振り向いた。
「おい……、どうしたんだよ。ちょっと落ち着けよ」
「うるさい!! 魔族なのに魔法が使えないなんて、ほんとできそこないよね!! あんたもそう思ってるんでしょ!?」
「いやいや、だから何でそういう極端な考えになるんだよ……。別に魔法が使えない魔族がいても、何も思わねえよ。人間なんて誰も魔法使えねえんだぜ? 」
「へっ……?」
彼の言葉に、今度はフェクトが驚く番だった。表情の歪みは消え、信じられない様子でアクノリッジに尋ねた。
「あんた……、いや、人間は魔法使えないの?」
「つかえねーよ。もちろん俺もな。だから、別にお前を馬鹿にしてねえし、したつもりもねえよ。まあ……、そういう事情なら、魔法の事を切り出した俺も悪かったけどな」
赤毛の魔族から視線を外すと、アクノリッジは小さく自分の否を認めた。しかしそんな事は、フェクトにはどうでも良かった。
アクノリッジに詰め寄ると、魔法が使えない理由を問う。
「なっ、何で人間は魔法が使えないの!?」
「え? なんだったっけなー……。確かジェ……いや魔王様は、『プロトコルは魔法世界の影響が薄く、魔力を引き出す方法を人間も知らないから』とか何とか言ってたっけな?」
視線を上に向け、アクノリッジが険しい顔をしながら記憶を探った。魔法が使えない理由を言葉にはできているが、どういうことなのかを理解できていないようだ。
しかし、フェクトには理解出来たようだ。
「魔法世界の影響を受けないなんて……、そんな事あり得るの? それじゃ、魔族がプロトコルに行ったら、魔法が使えなくなるんじゃ……」
「そこまでは分かんねえけど、力は弱くなるみたいだぜ? まあ、あんたらの魔王様はそんな事関係なく、ガンガン魔法使ってたけどな」
「そうなんだ……って!! えっ!? あんた、魔王様とお会いしたことがあるの!?」
アクノリッジの言葉から、彼が魔王と会ったことがある事を、遅ればせながら気づいたようだ。
問われた本人は、あっけらかんと彼女の言葉を肯定する。
「おお、あるぜ。以前、魔王様がプロトコルに来てな、それで会ったんだ。その縁があってな、今度は俺がこっちに来たんだ」
「え? プロトコルに魔王様が行かれたの? それ本当の話!?」
「ほんっと疑い深えな……。まあ別に信じて貰わなくたっていいんだけどよ」
アクノリッジは諦めたように呟いた。
どうやらこの村には、魔王の動きがリアルタイムで伝わってきていないようだ。もしかすると、ジェネラルがプロトコルに渡った事や、ミディを攫ったことは、隠されている可能性もある。
それなら彼女が、アクノリッジの言葉を信じられなくても、仕方のない事だ。こんな良く分からない自分を助けてくれた事だけでも、感謝すべきだろう。
そう思い、アクノリッジはそれ以上話を掘り下げる事はしなかった。話題を、彼女が向かっている場所に変える。
「で、フェクト? どこに行こうとしてるんだ?」
「あんた……、何も知らないで私についてきてたわけ?」
フェクトの呆れた声が、アクノリッジに届く。しかし彼は、そんな嫌味に全く怯んでいない。むしろ何が見られるのかとワクワクした表情を浮かべている。
綺麗だが、どこか純粋に好奇心を満たそうとする子どものような表情だ。
フェクトは、小さくため息をつくと、自分がどこに向かっているかを簡潔に伝えた。
「私の仕事場。物資管理所よ」
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