第5話 卑下
「うわぁ~~~~!! すっげえな!!」
アクノリッジは、目の前の建物とその中を見て感嘆の声を上げた。そんな彼の様子を、呆れたようにフェクトは見ている。
彼女に連れて来られたのは、この村の生産物を保管・管理する、物資管理所と呼ばれる場所だった。
この村は、広大な土地を使って、食べ物から木材などの資材まで、あらゆる物が作られ、各地に発送されている。
さらに言うなら、近くの村の作物などの管理も委託されており、辺境の地でありながら、ここら一帯の物資が大量に集まって来る場所であった。
物資管理所はかなり広い建物で、中には細かく仕切られたスペースに、木材などの資材から食べ物まで、ありとあらゆる物がぎっしりと詰め込まれている。
だか、ある一定のルールに基づいて置かれているのか、整頓されきちんと場所に収められていた。
大量の物資が並ぶ通路を、周りを見回しながら歩いていたアクノリッジは、ふと違和感を感じ、フェクトに問うた。
「なあ、フェクト。こんなにでけぇ建物なのに、他の魔族はいねえんだな」
彼の言う通り、この建物には前を歩くフェクト以外、誰も見当たらない。二人の足音だけが通路に響き、静かなものだ。
その言葉に、フェクトは普通だと言わんばかりに答える。
「今は、荷物の配送や集荷の時間じゃないからね。まあ、ここの管理を私一人がしてるから、誰もいないってのもあるんだけど」
「はっ? こんな大量の物資を、お前ひとりで管理してんの!?」
彼女の何気ない言葉に、アクノリッジは驚きの声を上げた。
急ぎ足で横にやって来た青年に対し、フェクトは不思議そうな表情を浮かべ言葉を返した。
「え? そんな驚く事? こんなの誰だって出来るわよ」
「ええー……、お前それ本気で言ってんのか?」
大したことないと言い切るフェクトに、アクノリッジは冗談だろ?、と小さく呟いた。どう考えても、一人で管理出来る規模ではない。
彼の反応を気にも留めず、フェクトは分厚い帳簿を取り出すと、一つ一つの棚を確認していく。ただ棚の前を歩き、ちらちら視線を向け、手に持ったペンで帳簿にチェックを付けると次の棚に向かう、を繰り返している。
それを見ながらまたアクノリッジは違和感を感じた。
「お前さ……、ちらっと見て帳簿付けてるけど、ちゃんと数とか確認してんのか?」
「もう、さっきからごちゃごちゃうるさいわね……。あんたは私のおかんかっ! 数なんて数えなくても、この状態を見れば分かるわよ!」
フェクトは、ペン先をアクノリッジに突き付けると叫んだ。碌に仕事の内容も分からない奴から横から口うるさく言われる事程、うざい事はない。
後程フェクトから説明を受ける事になるのだが、物資管理所に置かれている荷物は、フェクトが厳密に決めたルールに乗っ取って管理されている。
それこそ、置き方、袋や箱に入っている資材の量、荷物置く場所とその上限など、細かく決められているのだ。
全て、彼女が一目見て分かるように、工夫に工夫を重ねた結果、出来上がったのがこの管理方法だった。ちなみに、細かいルールであるのにも関わらず、管理所を利用する魔族たちが、自然とそのルールに乗っ取った行動が取れるよう配慮されている点も、凄いところだ。
さらにアクノリッジが驚いたのは、フェクトの高い計算能力だった。たくさんの品物を帳簿につけ集計していくのだが、その計算が異様に早いのだ。
もちろん、プロトコルなら計算を補助する道具もあるが、フェクトはそんなものなしで、膨大な桁の数字を処理していく。
弟であるシンクも、数には強く、アクノリッジよりも能力は高かったのだが、それ以上にフェクトは早く正確だった。
「え? もう一度教えてくれ、どの数字同士を足していくんだ?」
「だーかーら! まずはこれとこれ。こうして……こうして……、ここに線を引くでしょ? で、分けた数字をこうして繋げて……。ほら、もう結果が出た」
「…………すっげえ!!!」
フェクト式算術の指導を受け、感動に近い感嘆を上げるアクノリッジ。彼女が紙に書いた説明を見ながら、尊敬に近い視線を送っている。
「フェクト、あんた本当にすげえな!! この倉庫の管理方法もお前が考えた事だし、この算術だって……」
「そう? こんなの、魔法が使える魔族なら誰だって出来るわよ。簡単な仕事だから、私が任されてるのよ」
アクノリッジの称賛に対し、自虐的にフェクトは笑った。その表情に、褒められた嬉しさは感じられない。むしろ、こんな事で褒められて恥ずかしく思っているようだ。
それがアクノリッジにとって、腑に落ちない点だった。
「お前さ……、そんなに自分を卑下することねえじゃん。本当に凄いと思ってんだぜ? さっきから、魔法を使えばこんなこと簡単に出来るって言ってるけどさ」
「あんたは人間だから、そう思えるのよ。魔法が使えない私に出来る事は、誰でも出来るここの管理と、ちょくちょくした雑用だけ。あんたが凄いっていうようなことじゃないわ」
「……ふーん、そういうものなのか?」
「……そういうものよ」
フェクトはぷいっとアクノリッジから視線を逸らすと、再び帳簿に視線を向け、集計のまとめに取り掛かった。
そんな彼女の様子を、納得できない様子で、アクノリッジは見ているだけだった。
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