第6話 弟

「はあー……、疲れた……」


 アクノリッジは、ふかふかのベッド……ではなく、クッションなどで急ごしらえされた納屋のベッドに横になっていた。

 てっきり同じベッドを使わせてもらえると思ったのだが、


「居候のあんたは、納屋で十分!!」


と言う理不尽な理由によって、母屋で寝る事は許されず、納屋に押し込まれたのだ。


 まあ、住んでいるのはフェクトと祖母の二人。警戒するのも仕方がないだろう。むしろ追い出されず、泊めてくれることに感謝すべきだ、と前向きに考え直す。


「ほんと……、今日は色々あったなあ……」


 勢いで家を飛び出し、魔界に来た事。

 早々、トラブルに会い、死にそうな目にあった事。

 そして魔族であるフェクトに出会った事。


 夜という時間に上がる謎のテンションも手伝ってか、アクノリッジは肩を震わせて小さく笑った。

 しばらく笑っていたが、次第に笑いが収まって来ると、物資管理所でのフェクトの事が頭を過ぎった。


「何かあいつ……、シンクに似てるよな……。こう、自分の能力を卑下してる部分とか、自分に自信が持てない部分とか……」


 独り言と共に、脳裏に銀髪の弟の事が思い出された。


 もうモジュール家の城にいない、弟の姿が。


 ミディ救出の為、父であるダンプヘッダーの協力を仰いだ時、兄弟はそれぞれ条件を出された。


 アクノリッジは、モジュール家を継ぐ事。

 シンクはエルザ城に入り、国の中枢に食い込む事。


 二人は、その条件をのんだ。そして全てが終わった後、シンクはモジュール家を出て、エルザ城に入ったのだ。


 母親から酷い扱いを受けていた弟を、アクノリッジがずっと守って来た。いや、自分が守らなければならないと思ってきた。


 しかし、家を出る時のシンクの表情は明るかった。これから先の未来を見据え、希望に満ちた表情を浮かべていた。そこには、いつも不安そうに自身を責め続けていた弟の姿はなかった。


“ずっと、俺が守らないとって思ってたけど……。いつの間にかあいつも、強くなってたんだな……”


 それが嬉しくもあり、寂しくもあった。

 そしてシンクがいなくなると、彼の心に何かが失われてしまったのを感じた。研究にも制作にも力が沸かない、燃え尽きてしまったような、そんな無気力感がアクノリッジを満たした。


 だから、魔界にやって来た。ミディやジェネラルと会えば、きっと気力も沸くだろうと思ったのだ。


 そして、ほぼ無計画のまま家を飛び出し、今に至る。


「……ほんと、フェクトもシンクも、何で一つの駄目な部分ばっかり見てるんだろな……。もっとあるだろ、胸張ってもいいくらいのすげえところが」


 今日の物資管理所でのやりとり、そして彼女の能力の高さを思いながら、アクノリッジはため息をついた。


 彼女は、魔法を使えば誰でも出来ると言っていたが、アクノリッジにはそう思えなかった。

 

 正直、魔法がどれ程万能なのか、彼には分からない。本当に彼女の言う通り、魔法を使えば一瞬にして出来る事なのかもしれないが、少なくとも人間基準で考えると、能力は高い。


 モジュール家で様々な人材に触れてきた彼が言うのだから、間違いないだろう。


 フェクトにシンクの影を重ね、アクノリッジの心に庇護意識が芽生える。


“ほんとすげえから、自信を持って貰いてえな。まあ、助けてくれた恩もあるしな”


 そんな事を考えているうちに、彼の意識は深い闇の中に沈んで行った。


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