第2話 青年
「……で、フェクトや。今日は旦那を拾ってきたのかい?」
「……何が旦那よ、何が……」
「いつもいつも、配送の途中で色々と拾って来るが……、まさか旦那まで拾ってくるとは、流石のわしも若干引いたぞ」
「だから、旦那じゃねーーし!! 勝手に勘違いしておいて、勝手に引かれるなんて、とんだとばっちりだしっ!! そう言う考えをするばーちゃんに、私もかなり引くしっ!!」
ニヤニヤして話しかける赤毛の老婆に対し、女性――フェクトは不機嫌そうに答えた。
ここはフェクトが住む村――アートリア。そして今、彼女が祖母とヤイヤイやっている場所が、二人で暮らす家である。
ちらりと後ろを見ると、先程大笑いして気絶した青年が、ベッドに寝ているのが見えた。このまま放っておくわけには行かず、荷馬車に積んで連れてきたのだ。
ひょろい体型のくせに、彼女よりも背が高い為か、思ったより重くて荷台に積むのが大変だったことを思い出し、フェクトの表情に疲れが見えた。
祖母であるチャンネも、孫の視線の先にある青年を見る。
「それにしても、滅茶苦茶いい男じゃないか。わしも歳じゃから、いつ死ぬか分からん。フェクトがこの拾ってきた旦那でもいいから嫁に行ってくれたら、心置きなく死ねるってもんなんじゃが……」
「ウン、ソダネー。それ、5年前も言ってたから、もう5年はばーちゃん大丈夫ダヨー。それに普通は孫を、拾ってきた男の嫁にするって発想、シナイトオモウヨー」
めそめそ泣き真似をし、嫁に行ってくれと懇願する祖母に、無表情且つ機械的に対応するフェクト。何度もこのやり取りが交わされているのだろう。対応に慣れすぎている。
その時、ベッドの青年が身じろぎをした。ようやく起きたかと、フェクトはベッドに近づく。そして薄眼を開け、まだ夢と現実の狭間でぼーっとしている金髪の青年に声をかけた。
「おはよう。遅いお目覚めで」
「……ここは? ……あっ、あんたは?」
「あんたって……、命の恩人に対する言葉じゃないと思うんだけど」
腰に手を当て、フェクトは青年の無礼を咎めた。しかしその言葉は、青年には届いていなかった。青年はゆっくり起き上がると、フェクトに、そして部屋に、そしてもう一度フェクトに視線を向け、再び疑問を口にした。
「……俺、一体何を」
「覚えてないの? あんた何か、『魔界に来たのかー、マジかー!』とか訳の分からんないことを言って大笑いしながら、気絶したのよ?」
「気絶……?」
「そう! ここまで連れてくるの、大変だったんだから! 感謝の言葉の一つぐらい掛けてもバチは当たんないと思うんだけど?」
ふんっと鼻を鳴らし、感謝の気持ちを言葉で表すように要求するフェクト。しかし青年はお礼の言葉どころかフェクトに掴みかかると、切れ長の瞳を見開き、早口で捲し立てた。
「え? ここ、魔界なのか!? ということは、あんたは魔族なのか!?」
「っって!! 何回確認すれば気がすむのよ!! ここは魔界! ここに住む者は魔族!! はい! これで満足!?」
ついさっき、道の真ん中で交わした会話がもう一度再現され苛立ったフェクトは、彼の手を振りほどくと、叩き付けるように問いに答えた。声の調子はともかく、質問の返答に再び青年が笑い出す。
「まっ……、まじか――! 凄げえ!! 全然、プロトコルと変わんねえじゃん!! 本とか噂で聞いてた、魔界の不気味で暗いイメージ、どこいった? 超ウケんだけど!」
「なっ……なんなの、こいつ……」
先ほど以上のテンションで大笑いをしながら捲し立てる青年に、理解不能とばかりに、フェクトは呟いた。言葉は分かるのに、その内容が全く理解できない。彼女がドン引きするのも仕方がない。
そんなドン引きな彼女の様子に気づいた青年は、何とか笑いを抑える為に、胸に手を当てて大きく深呼吸をした。
そして、綺麗ながらも人懐っこい笑みを浮かべながら、自分を助けてくれた女性に改めて視線を向けた。
「助けてくれてありがとな。俺の名前は、アクノリッジ・モジュールだ」
「……どういたしまして。私はフェクトよ。アクノリッジ……もっ、もじー……ん?」
「ああ、アクノリッジでいい」
魔族には姓がない。その為、フェクトは姓名全てが彼の名前だと勘違いしたのだ。長い名前だと思ったが、前半部分だけでいいと言われ、フェクトはホッとした。彼の名前を呼ぶ度に、舌を噛む自信があったからだ。
そんなフェクトの考えを知らず、アクノリッジは赤髪の魔族に向けて手を差し出した。カッコいい、というよりも綺麗と評した方が良い笑顔に、フェクトは不機嫌そうに視線を逸らしつつ、その手を握った。
"やっぱり……、男のくせに綺麗過ぎてムカつく……"
そんな事を思いながら手を解くと、フェクトは食卓椅子と水の入ったコップを持って来、座って青年が倒れていた理由を尋ねた。
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