第157話 笑顔
ドラゴンで空を翔る魔王の姿を一目見ようと、地上には大勢の人々が集まっていた。口々に何か叫び、頭上を指さして大騒ぎしている。
色々と声が聞こえてくるが、圧倒的に多いのは、
「ジェネラル様ー!! かっこいいですー!!」
「一生ついていきますー!! ジェネラル様ああ~!!」
「きゃー! 私も攫ってください~~!」
類の、主に女性たちによる黄色い歓声である。魔王は悪の権化と思われているはずだが、んなこと関係ねえよ、と言わんばかりに手を振り、熱い愛のコールを送っている。
その様子が、パーパスで行われたミディローズ杯の女性たちと似ていて、少し懐かしい。
だが、一応この国の王女を攫ったのだ。手を振り返すことはせず、小さく笑う事だけに留めておく。
しかし下界の様子を見て笑ったのは、ジェネラルだけではなかった。
「ふふっ……」
今まで黙ってジェネラルにされるがままだったミディが、笑い声をあげたのだ。突然の笑い声に、魔王の視線が自分の腕の中にいる王女に向けられた。
ミディは口元に手をやり、小さく肩を震わせている。しかし笑いを堪えきれなくなったのか、お腹を抱えると大声で笑い出した。
「あはははっ! そうよ……、そうよね! だって私がそう鍛えたんだもの!」
笑い過ぎたのか、目元に涙すら滲んでいる。
自分が過去、ジェネラルに教えた『偉人の名言』という名の超自己中思考を思い出したのだろう。あの言葉は修行でも散々叫ばせたのだ。嫌という程この言葉が、彼の中に刻み込まれている事だろう。
ミディの視線が、魔王に向けられた。その表情は、非常に満足した様子が伺える。
「ちゃんと悪の魔王っぽく台詞が言えていたじゃない? これも全て、私が課した修行の成果ね!」
台詞とは、王女略奪宣言の事だろう。
その事を思い出し、少し恥ずかしそうに頬を赤くしながら、ジェネラルはそっぽ向いた。
「結構恥ずかしかったんだよ? 普段『我』なんて言葉、使わないし」
ブツブツと、ミディの評価に対して不満を述べるジェネラル。よっぽど恥ずかしかったようだ。しかし恥ずかしがるジェネラルに対し、ミディの反応は上々だ。
「何言ってるの? そこがいいんでしょう? あれこそ、悪!って感じじゃない!」
「えええぇぇぇ~~………」
一体どの辺が良いのかと問いかけるように、ジェネラルは呟く。ミディの中の魔王像は一体どうなっているのかと、諦めた表情で明後日の方向を向いた。彼女を助けたのにも関わらず、魔王が悪というイメージの払拭には至っていないみたいだ。
ミディは初めて体感する風を切る感覚に、目を細めた。青く光沢を放つ長い髪が、輝きを放ちながらなびいている。
魔王に攫われる、という目的が達成され、満足気なミディに視線を戻すと、ジェネラルは遠い目をしながら呟いた。
「さて、ミディを攫ったのはいいけど、誰か僕を倒しに魔界まで来るのかな……?」
この呟きに、何を言っているのかという気持ちを露に、ジェネラルを見上げるミディ。その表情は、自信に満ちている。
「来るに決まってるでしょう? この私が攫われたのよ? 来ないわけがないわ」
「えー……、そうかな? あの調子だと、勇者が来て僕を倒す前に予言が実現しそうだよ……」
魔王である自分やドラゴンを見てパニックに陥った人々を思い出し、ジェネラルはミディの言葉を否定した。
てっきり怒って言い返すと思われたミディだったが、予想に反し彼女の口元が緩んだ。真っすぐな視線が、ジェネラルに向けられる。
「もしそうなったら……、あなたが私を守ってくれるのでしょう?」
「えっ……?」
この言葉に、ジェネラルはドラゴンの背からずり落ちそうになった。ドラゴンが、一体何が起こったのかと、首を後ろに向けて魔王の様子を伺っている。
ジェネラルは慌てて体勢を整えると、心臓が激しく脈打つのを感じながら、ぎこちない動きでミディの方に顔を向けた。
そして、恐る恐る彼女の発した言葉の出所を探る。
「みっ、ミディ……? もしかして……、あの時僕が言った事、聞こえていた……りして?」
ジェネラルは、頬を真っ赤にしてミディに問うた。相変わらず、すぐに慌てて顔を真っ赤にするな魔王の様子に、ミディは小さく笑った。そして思い出す。
『僕が守るよ』
夢に閉じこもり、檻の前にいた時に聞こえた声。
自分が一人ではないと、気づかせてくれた声。
彼女を強く求める声の内容が全て聞こえていたわけではない。しかしその1部分だけ、ハッキリと聞こえてきたのだ。
あの声の主がジェネラルかどうかの確信は持てなかったが、目の前の青年の反応から、自分の考えが正しかったことを知った。
彼の呼び声がなければ、ミディが目覚める事はなかった。ジェネラルもまた、ミディの命と心を救った恩人だと言える。
だがその事は彼には伝えない。
理由はもちろん。
照れくさいからだ。
「ん~? さあ、何の事かしら?」
別のところに視線を向け、ミディは答えをはぐらかした。彼女の頬が、少しだけ赤く染まっているように見えたが、ミディの発言に動揺しているジェネラルには見えていなかった。
少し心が落ち着いたジェネラルは、疲れたように深くため息をついた。だが、迷惑だと思っていない自分がいる。
“まあいっか。勇者と名乗る人が来ても、全力で撃退するつもりだし”
そんな自分を心の中で笑った。
そして、広がる世界を見下ろす。
世界は美しく輝いていた。
しかしそんな世界よりも、ただ一つ。
――彼女の笑顔を守りたいと思った。
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