エピローグ 秩序

「で、君はミディを助ける為に、遥々エルザへ来てくれたのだな?」


「はい、必ずやミディローズ様を救い出してみせます」


 エルザ城謁見の間にて、一人の青年がエルザ王に片膝をつき、頭を下げていた。そして迷いない強い言葉で、王の問いに答える。

 そんな彼の様子を、ライザーはじっと見つめていた。



 

 3年前、当時大臣長兼相談役であった青年の反逆により、この国は大きな痛手を受けた。彼は、王や重要な地位にいる者たちを捕え、幻花によって操り人形となった王女と結婚する事で、この国を手に入れようとしていた。


 しかし結婚式当日、突如現れた魔王の襲撃により、彼の野望は阻止される事となる。


 これにより反逆者は捕えられエルザ王国は救われた。だが同時にエルザ王は、一人娘である美しき王女を魔王に攫われてしまう事となった。


 国と引き換えに、魔王に大切な娘を奪われた悲劇の王。

 

 それが、現時点で各国が抱くライザーへの評価だった。


 でもまあ、それは表向き。


 全ては、メディアの野望を阻止する為、ミディを救出する為に行われた演技だった。本当の魔王は、壊した城の屋根をちゃんと直して帰る、周りに気を遣う優しい人柄という事を、ライザーは知っている。


 そして、彼がどれだけミディを大切に思ってくれているかも。


 本当は、魔族や魔王が良い者たちだという事を広めたいのだが、今後レージュ王国、もしくは他国がまたエルザ王国に侵略を考えるかもしれない。

 それら国々への牽制も兼ね、真実を伝えないようジェネラルが提案したのだ。不本意だがミディが攫われた今、この提案がこの国を守っているのは事実だった。


 結婚式当日には、他国の王族たちや権力者たちが多く招待されていた為、魔族襲撃は身を以て経験している。誰一人、エルザ王国が魔族に襲われた事を否定する者はいない。


 魔族が襲って一時占拠し、魔王が王女を攫った国だ。得体の知れない存在に襲われたという事実がある以上、ちょっかいを掛ける勇気は他国もないようだ。

 現に、あの出来事からレージュのエルザ王国に対する動きは静かになっている。

 

 魔王は、自分を倒しに魔界まで来い、と言っていたが、ライザーにミディを取り戻す気はない。

 最悪、ミディが嫌になったら適当に帰って来るだろうとまで思っている。ジェネラルの性格を考えると、本気でミディが帰りたがれば帰してくれるだろう。


 なので娘奪還の為、特に強者たちを集めるつもりもなかった。しかし……、


「傷心されているエルザ王の為、ミディローズ様をお救いするのだ!!」


てな感じで、特にこちらから頼んでもいないのに大量の勇敢な男たちが、ミディを救出する為にエルザ城に押しかけてきたのである。


 ミディが攫われて3年が経つが、その数は一向に減らない。

 今ここにいる彼も、その一人であった。


 目の前の青年をしばらく見つめていた王が口を開いた。


「今までたくさんの者達が、ミディを助け出そうとやってきた。しかし、誰一人ミディを救い出す事は出来なかった。それでも、ミディを助けに行くと言うのか?」


「はい、この命に賭けましても!」


 迷いなく青年はきっぱり答えた。決意は変わらないらしい。


 ライザーは、腕を組んで少し唸った。そして懐から黒いカードを取り出すと、小さく何かを呟いた。

 彼の言葉に反応し、カードに光が満ちる。


 輝きが消えたカードを青年に差し出すと、ライザーは再び問いかけた。


「……これを見ても、ミディを助けに行くというのか?」


「……えっ、あっ……、こっ、これは……」

 

 青年は、それ以上何も言えなかった。

 ただ、瞳を飛び出さんばかり見開き、それを見つめていた。



*  *  *



 青年が立ち去るのを見届けると、ライザーは自室に戻った。そして少し風に当ろうと、バルコニーに出る。


 窓から見える世界は、何一つ変わっていない。

 これからも変わる事はないだろう。


 ―—ミディが、世界の秩序を取り戻したのだから。




 その時、人とは違う異質な気配が、彼の背後で感じられた。

 しかしライザーは振り返らない。何がいるか分かっているからだ。


「ミディが攫われて、もう3年ですか……、早いものですね」


「ええ、しかし、世界は物凄いスピードで安定してきています」


「魔界の移動も止まり、プロトコルと完全に繋がった。この先、魔界が移動する事はないだろう」


 ライザーは、その者達の言葉にため息をついた。

 空を仰ぎ、背後にいる者たちに問いかける。


 この世界を守る、四大精霊たちに。


「しかし、ミディがこの事を知ったら、どう思うかな?」


「この事とは、世界を安定させる役目のことか? それとも魔王とのことか? エルザ王よ」


「両方だ。火を司るリリースよ」


 ライザーの背後に浮かぶ光の玉が、赤く輝いた。

 王の言葉に反応するかのように、言葉を発するたびにチカチカ輝きを放っている。 


「王よ、時間の流れと平和の中で、人間は魔族を忘れ、魔族は人間を忘れた。それによって絆が切れ、魔界はプロトコルから切り離され、移動することとなった。いや、プロトコルが切り離されたのかもしれん」


「しかし、プロトコルも魔界も、お互い切り離されて存在できる世界ではない。両世界があって初めて、安定して存在出来る世界なのだ。いわば今の時代は、両世界の存亡するか否かの、大切な時期だったのだ」


 水を司るステータスの言葉を、風を司るオムニが引き継ぐ。


「お互いを忘れかけた人間と魔族。その繋がりを、絆を築く役目として、あなたの娘が選ばれたのです。強大な力を持つ魔王と、我々の祝福を受けた人間が結ばれる事によって、失われつつあった世界の繋がりを保ちつづける事が……、両世界を救うことが出来たのですよ」


「それは人間も魔族も知りません。ですが、確かに世界は破滅に進んでいたのです。あなたの娘は、この2つの世界を破滅から救ったのです」


 土を司るデュレーションが、最後を締めくくり口を閉じた。


 ライザーは、四大精霊の言葉を無言で聞きながら、最近届いた手紙と魔王の魔力によって作られた、黒いカードを見ていた。


 先ほど青年に見せた、カードの上に浮かぶ映像を。

 それを見て、小さく呟く。



「まあどんな理由があったにせよ、幸せなら……それでいい」



 そこには、赤ん坊を抱いて微笑むミディと、それを優しく見守る魔王ジェネラルの姿が映し出されていた。


 そして祈った。3年前のあの日と同じように。


 ―—彼らがこれから先もずっと、幸せでいられることを。






 こうして王女様は色々とありながらも、心優しい魔王と結ばれ、魔界で末永く幸せに暮らしました。

 めでたしめでたし。

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