第156話 祈り

 取り残された人々は、ジェネラルたちが飛び去っていった方向を見ながら、唖然としていた。が、正気を取り戻したのは意外にも、魔王の魔法によってパニックに陥っていた護衛たちだった。


「急いで、ドラゴンを追うぞ! ミディ王女を助け出すのだ!!」


 隊長らしき人物が、兵士達に向かって叫んだ。その強い言葉に正気を取り戻した兵士達は、まだ混乱と恐怖を抱きつつも、急いで部屋から飛び出そうとした。


 しかし、思いもよらない者の言葉に、その足を止める事となる。


「いや、今から行っても間に合わんだろう」


「えっ、エルザ王!?」


 気の抜けたような王の言葉に、隊長は勢い余ってその場でこけそうになった。隊長に続き、駆け出そうとした兵士達も、前の者にぶつかりながら立ち止まる。


 隊長は、慌ててライザーに言葉を返した。


「ミディローズ様が、魔王に攫われたのですぞ!? このままでよろしいのですか!! 今すぐ救出隊を編成し、奪還を!!」


 顔を真っ赤にし隊長が王に進言するが、当のライザーは、正直よろしくはないが…と呟きつつ、理由を述べる。


「でもな、もし幸運にもドラゴンに追いついたとして、お前達、魔王からミディを取り返せると思うか? あの魔王だぞ?」


「うっ……」


「ドラゴンもいるしなあ」


「うううっ……」


「ああ確か、ミディを取り返しに来た相手には、全力で相手するとかも言ってたっけな」


「ううううううううううううっ……」


 ミディ救出の為に燃えていた隊長の表情がみるみるうちに、恐怖で陰る。魔王が自分たちに何をしてきたのかを、思い出したのだろう。

 しかし、王の前で弱さを見せるわけには行かない。何とか恐怖を押し殺し、気合を出して答える。


「それでも必ずお救いして見せます!」


「いや、無理無理。やめとけって、なっ?」


「王うううぅぅぅぅぅぅ~~~~~……」


 物凄い笑顔で、ライザーは隊長の肩をぽんっと叩いた。

 あっさり無理と言われ、この国を守る兵士としてのプライドを傷つけられた隊長は少し泣きそうな声で叫んだ。

 そして部屋の隅へ引き下がり、背中に暗い影を背負いながら空ろな目で、壁にのの字を書いている。


「まっ、まあ仕方ないっすよ。俺たちが弱いわけじゃないっすよ!」


「魔法とか使うんですよ? ただの人間の俺達に、敵う相手じゃないですって」


「あんなのと戦えるのは、ミディ王女だけですよ!」


 部下達が、慌てて隊長を囲み慰める。上司思いの良い部下に恵まれているようだ。ちょっとうらやましい。


 ミディが攫われたというのに、ライザーに全く慌てた様子はない。意外にも、キャリアもそうだった。

 不思議に思い、アクノリッジがライザーの前に立つ。


「ライザー様もキャリア様も、ミディが誘拐されたのに、意外と冷静なんですね」


「まあ、突然の事で少しは驚いているがね」


 アクノリッジの言葉に、ははっと乾いた声をあげる。しかし王の驚きは、突然ミディがこの場から連れていかれた事に対してだけで、ミディがいなくなったという事実には向けられてない。


「ジェネラル様はお優しい方だ。ああいう行動に出たのにも、何か意味があるのだろう。それに、ミディが嫌がっていなかったからな。まあ……」


 ニヤリと笑うと、ライザーは言葉を続ける。


「ミディを守ってくれる相手として、申し分ないと思っている」


 そう言って、ライザーの腕を掴んでいるキャリアに視線を向けた。キャリアはキャリアで、


「ふふっ、ミディの事をあれほど想って下さっている方ですもの。安心して、あの子の事をお任せ出来ますわ」


 穏やかな笑顔を添えて言葉を繋いだ。

 その表情に、ミディを連れて行かれた不安は微塵も見られない。むしろ喜んでいるようにも感じられる。


 つまりミディの両親にすら、ジェネラルがミディに好意を持っている事がバレバレだったわけである。もしジェネラルがその事実を知ったら、もう消えてしまいたいと思うだけでは済まされないだろう。


 王たちがジェネラルとミディの仲を認めていると知り、アクノリッジとシンクはお互いの顔を見合わせ、肩を震わせて笑った。


 二人との別れは突然だったが、寂しさは全くない。遠くに行ってしまったが、ジェネラルから渡された四大精霊の地図を使えば、また会うことも出来るだろう。


 まだバルコニーや城内では混乱が続いている。


 しかし王と王妃、そしてミディの親友である兄弟は、もう遠くなって見えない魔王と王女の幸せを心の底から祈っていた。

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