第134話 覚醒2

 メディアの姿が消え、部屋にいる者たちは息を吐いた。


 その後、今までの経緯を、簡単にミディに説明する。

 ボロアの葉を使われ、意思を奪われていたと聞くと、再びミディの瞳に強い怒りが見えた。


「本当に、どうなるかと思ったよ。ミディ姉は、薬を与えても目覚めないしさ。このまま目覚めなければ、本当にやばかったんだぜ?」


 その場で大きく伸びをし、シンクが言う。

 アクノリッジも側にある椅子に座り込むと、全体重を椅子に預け脱力している。


 目の前の問題が解決し、緊張から一気に解放されたのだろう。王たちの前であるが、彼らの態度を咎める者は誰一人いない。


「……声が、したの」


「声がした?」


 少しの間を置いて発されたミディの言葉を、アクノリッジが反復する。

 ミディは一つ頷くと、言葉を続ける。


「何を言っていたのかは、ほとんど分からなかったけれど……。きっと、その声がなければ、そのままずっと夢の中にいたかもしれない。その声があったから、私は……、目覚めることが出来たの」


 その声を思い出すと、心の中に優しい陽が差し込み、暖かさで満たされた。嬉しいような、くすぐったいような、そんな気持ちにさせられる。

 青い瞳を閉じ、そんなことを思いながらミディは口元に笑みを浮かべていた。


 彼女の話に、アクノリッジとシンクがこっそり目配せをしている。

 意思疎通が完了したのか、視線をミディに戻すと、物凄くニヤニヤしながらアクノリッジが口を開いた。

 チラチラとジェネラルの様子を伺っている。

 

 金髪の青年の様子に、嫌なものを直感したジェネラルが、慌てて言葉を重ねる。

 

「なあ、ミディ。多分その声な、ジェ……」


「そっ、それはきっと、皆の声だよ!! 皆がミディを心配して、戻ってきて欲しいという気持ちが、ミディに伝わったんだよ!! うん、絶対そうだ!!」


 ジェネラルがミディの肩を掴み、無理やり自分の方を向かせた。アクノリッジの言葉を、ミディに聞こえさせない為だ。

 魔王の行動の意図が分からず、怪訝な表情を浮かべるミディ。

 

 しかし、


「そうかもしれないわね。皆、本当にありがとう」


 ジェネラルの言葉を信じ、ミディはこの部屋に残る者たちに礼を言った。


 ライザーとキャリアは黙って首を横に振った。

 アクノリッジとシンクも礼を言われ、少し照れた様子を見せている。

 

 伝えたい事をジェネラルに邪魔され、密かに、舌打ちをしていたりするが……。


 だがこのまま話し続けているわけにはいかない。

 王も王妃も、つい先ほどまで捕えられ、精神的・肉体的苦痛で苦しめられていたのだ。今は全てにおいて休息を最優先すべきだろう。


「ライザー様とキャリア様を、そろそろ休ませてえんだけど。ミディ、お前も休め。ボロアの葉から覚醒出来たが、体への負担はあるはずだ」


 アクノリッジが、それぞれの休息を提案し、皆がそれに同意した。


 モジュール家の兄弟がライザーの体を支えると、ジェネラルと彼に支えられているミディを見た。

 その表情は……、めっちゃ笑顔である。


「じゃっ、そういう事だからジェネラル、ミディを頼むぜ」


「えっ? アクノリッジさん?」


「ほら、俺とシンクは、ライザー様たちをお連れしないとな! エクスとユニの二人はメディアのとこ行ってるだろ? ってことは、ミディを頼めるのはお前しかいないじゃん?」


 滅茶苦茶ニヤニヤしながら、アクノリッジが物凄く楽しそうにもっともらしい理由を述べているが、その背後に隠れる垂れ流さんばかりの野望を感じ、ジェネラルは頬を引き攣らせた。


 助けて欲しいとシンクに視線を送るも、もちろんシンクがジェネラルを庇うわけがなく。兄と同じく、王に手を貸しながらめっちゃニヤニヤしている。


 兄弟だけでなくキャリアも、


「ジェネラル様、申し訳ございません。ミディのことを、どうぞよろしくお願い致します」


 礼をし、ジェネラルにミディの事を頼んだ。もちろんキャリアは、母親として純粋に娘の身をジェネラルに任せただけだろうが。


 キャリアに頼まれては、ジェネラルも無下に断れない。見事、兄弟の策略に乗せられてしまい、心の中でため息をついた。


 彼の表情に、敗北の二文字を感じ取った兄弟は、


「そんじゃジェネラル、頼んだぜ。……まあ、頑張ってくれ」


「ミディ姉を、ちゃんと部屋に送り届けてくれよ?」


 含みのある言葉を残し、王と王妃を連れて扉の外へと出て行った。

 

 部屋にはミディとジェネラルだけが残った。

 少しの沈黙後、ジェネラルはミディに視線を戻すと、ほっとした表情で口を開いた。


「でも、本当によかった……。目を覚ましてくれて、本当によかった……」

 

「……ジェネ? あなた、また私の心配をしてたの?」


「してたよ。しないわけがないじゃないか」


 チャンクの事件でミディを怒った時と同じ言葉を言っている事に気づき、ジェネラルは笑いを含んで答えた。

 ミディも気が付いたのだろう。


「でも今度は、何も約束を破っていないわよ。怒られる理由はないからね」


 今回の自分に落ち度はないと、ミディは胸を張った。

 数カ月ぶりに見る、子供っぽくも可愛らしい王女の様子に、ジェネラルの中で何かが溢れ出す。

 その気持ちは心に留まらず、行動となって示された。


「……ジェネ?」


 柔らかい黒髪が、ミディの頬と首筋に掛かる。

 彼の体温が、再びミディの体を包み込んだ。


 ミディが言葉を発する前に、ジェネラルがミディの首筋に顔を埋めたまま囁いた。


「……ごめん……、ちょっとだけ……」


 消え入りそうな魔王の声。

 視線を横に向けると、彼の耳が先の方まで赤くなっている。


 ジェネラルの様子に、抵抗する気を失ったミディは、体に入った力を抜いた。小さくても大きくても、彼の性格は何も変わっていない事に、少し笑いがこみ上げて来る。


「……ありがとう」


 触れる体の温もりに、王女は今までにない安らぎを感じていた。


 少し擦れた小さな声と共に、魔王の想いに答えるように、白く細い腕が彼の背中にそっと回された。

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