第133話 覚醒

 ミディは、ゆっくりと目を開けた。


 彼女の瞳に真っ先に飛び込んで来たのは、黒色。そして、体を締め付ける力による、息苦しさ。

 

 自分の頬にかかる黒い物が、髪の毛だと認識した瞬間。


「っ……!! きゃああ―――—――—―—!!!!」


 驚愕の表情を浮かべながら、甲高い悲鳴を上げた。

 誰かが自分に抱きついているという状況を瞬時に理解し、逃れようとその場で暴れだした。身を剥がそうと、力任せにそれを殴りつける。


「はっ、放しなさい!! 私を誰だと思っているの!?」


 ミディは、目の前の体をボコボコ殴り、挙句の果てには魔法で吹き飛ばそうと、そいつの鼻先に指を突きつけた。

 自分を抱きしめている狼藉者と、目が合った。


 黒髪に黒目の青年と。


 初めて会うはずなのに、何故かよく知っているように感じ、ミディは動きを止めると青年の顔を凝視した。

 痛そうに顔を歪めていた青年だったが、あれだけの暴力を振るわれたのにも関わらず、その瞳は穏やかだ。

 

 ふと自分を抱きしめる手に何か硬く当るものを感じ、ミディは指を突きつけながら、青年の左手に視線を向ける。


 魔力に満ちた宝石が、小さな光を放ちながら存在していた。


 王女の視線が、素早く宝石から青年に戻った。瞳は何度も瞬きを繰り返し、何を言い出したらいいのか整理できていない混乱を表すように、口をぱくぱくさせている。


 自分が見た物、そして辿り着いた答えを、まだ信じられない様子で口にした。


「……アディズの瞳。という事は、あなた……まさか……」


 想像もしていなかった現象が、目の前で起きている事を理解したようだ。

 王女の考えを肯定するように、青年は少し赤くなった瞳を細め、小さく頷いた。


「ジェネ……なのね?」


「そうだよ、ミディ」


 魔王と呼ばれ、強大な力を有するとは想像出来ない、優しい笑みを浮かべる。

 共に旅をした少年の面影は、うっすらとしか残っていないが、彼が纏う雰囲気は、全く変わっていない。


 ミディはゆっくりと指を下ろした。

 彼女が目覚めた喜びを隠しきれない様子で見つめる魔王を、ただ黙って見つめ返す。


 第三者から見れば、物凄くいい雰囲気の二人に見えた。が、その雰囲気はミディの叫びによって、跡形もなく粉砕された。


「なっ、なっななななっ、何でそんな姿になってるのよ!! 前はもっと小さかったでしょ!? どっどどどどど、どういうことなの、これはっ!!」


「みっ、ミディ!! 落ち着いてっ、あわっ、痛いって!!」


 ジェネラルの両肩を掴み、激しく揺さぶるミディ。彼を揺さぶる王女の頬は、薄っすら赤に染まっている。

 旅の途中、少年の姿だったから何も感じずにやってきた事を、色々と思い出しているのだろう。


 ミディの記憶に、以前ジェネラルと一つのベッドで共に寝たことが思い出され、一気に顔の赤が色味を増した。

 恥ずかしい。というか一歩間違えると、やばい。

 それも自分から言い出した事なのだ。ジェネラルが異常なまでの拒否反応を見せていた理由が、ようやく理解出来たようだ。


 今の姿が、ミディの中で男性と意識されると分かった瞬間だが、それに気づく余裕も喜びもジェネラルにはない。


 首をガクガクされながら、ジェネラルが慌てて説明する。


「みっ、ミディ!! 痛いって!! こっ、これが、僕の本当の姿なんだよっ!」


「はあ―――!? だったら、ぬぁぁぁぁ――—んで、小さくなってるのよ!!」


「いや……、あの姿って凄く楽なんだよ? だからついつい長い間あの姿でいちゃって……。ほら、力の消費も少なくていいし、省エネモードっていうの?」


「しょっ、省エネモードって……、魔王がエコってるんじゃないわよっ!!」


「苦しいっ! くっ、首絞まってるって!! ミディっ!!」


 揺さぶりから絞め攻撃に移ったミディに、降参と手で地面を叩くジェネラル。しかし、降参のサインは今のミディには全く伝わっていない。


 真っ赤になってジェネラルの首を絞めていたが、

 

「おいミディ、そろそろその辺にしといてくれよ。ジェネラルだって、お前の為に滅茶苦茶頑張ってくれたんだぜ?」


 よく知った男性の声に、ミディは絞める手を緩めた。

 振り返ると、苦しそうに笑いを堪えるアクノリッジの姿があった。だがその瞳には、安堵の気持ちが見える。


 アクノリッジの姿を認め、ミディの少し気持ちが落ち着いたようだ。ジェネラルの首から手を放し、改めて視線を周りに向けると、両親とシンクの姿があった。


 キャリアは涙を流し、ライザーはキャリアを抱き寄せて、娘を見つめている。シンクも、ぐしぐしと目を擦りながら、ミディに笑いかけた。


 皆、気持ちは同じだった。心の底から王女の覚醒を喜んでいた。


 ジェネラルはミディを支えながらも、会話しやすいように少しお互いの体を離すと、尋ねた。


「ミディ、今までの事覚えてる?」


「……ええ。薄っすらとだけど……覚えてるわ」


 ジェネラルの問いに、ミディは頷いた。そして視線を、エクスとユニの間で座り込んでいるメディアに向ける。


 メディアは無表情だった。自分の考えを悟られないよう、表情を消している。先ほどまでは、感情的になっていた場面もあったが、今では何を考えているかも分からない。

 

「みっ、ミディ姉!? 何を!!」

 

 突然のミディの行動に、シンクが声をあげた。

 ミディがシンクが持っている短剣を奪い、メディアに向かって投げつけたのだ。


 ジェネラルは左手を上げたが、魔法が発動する前に短剣はメディアを逸れ、彼の真横の壁に突き刺さった。頬がかすったのか、一筋の血が滲み出す。


 意図的に短剣を外したのだろう。


「メディア……、記憶の断片を思い出すだけでも、この場で切り捨てたい衝動に駈られるけれど、今は耐えるわ。そのかわり、何をしてでも全てを話して貰う。覚悟なさい」

 

 激しい憎悪に美しい瞳を染め、ミディはメディアを睨み言った。

 しかし、メディアは無表情のままだった。短剣が投げつけられた時すら、表情一つ変えず、避ける事もなかったのだ。


 凄い度胸だとしか、言いようがない。


「とりあえず、そいつを地下牢にぶちこんどけ」


 ミディの怒りがメディアを殺す事を恐れたライザーが、護衛に命令した。

 護衛は、エクスとユニと共に、メディアを連れて部屋を出て行った。


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