第140話 関係
ジェネラルの目に飛び込んできたのは、瞳を閉じて地面に座るメディアに、縋り付いて泣くミディの姿だった。
想像もしない展開に、ジェネラルはとっさに牢に入ると、ミディをメディアから引き離した。
「どうしたの、ミディ!!」
彼女の正気を取り戻そうと強く声を掛けるが、ミディの行動に変化はない。メディアの方に手を伸ばし、繰り返し同じ言葉を呟いている。
「……嘘よ、あの人が……、嘘よ嘘よ嘘よ……」
涙を流し、魔王の手から逃れようともがく。彼女の目は、ただ目の前の倒れた青年しか、映していない。
自分の言葉が届かない事実に唇を噛み、ジェネラルは少し苦しそうな表情をミディに向けた。そして、
「……ごめん、ミディ」
自分の腕の中で暴れるミディに小さく謝ると、魔力を集めて解き放った。
次の瞬間、ミディの体から力が抜け動きが止まった。瞳を閉じ、体の全てをジェネラルに預けている。
眠りの魔法を掛けたのだ。
魔法によって眠らされた王女の頬には、無数の涙の筋が見える。やるせない気持ちを抱きながら、ジェネラルは手のひらで涙を拭った。
ミディが眠り、暴れる心配がなくなったのを確認すると、アクノリッジは城医を牢から引っ張り出し、状況を確認した。
「……一体、これはどういうことだ」
ミディ、そしてメディアに視線を向け、アクノリッジが問う。
城医はこの現状に戸惑いつつも、今自分が分かっている事を目の前の青年に伝えた。
「メディア様は……、亡くなられました。毒を飲んで自害されたのです。ミディローズ様は、それを聞いて突然取り乱されて……」
「何だって!?」
ミディが受けた説明と同じ話を聞き、アクノリッジはしまったといった表情で、牢の中で倒れている青年の亡骸を見た。
これで、メディアからの情報が全て失われたこととなる。
メディアが牢に入る前、身体検査は受けたはずなのだが、見つからないところに毒を隠し持っていたのだろう。
あらゆる面において、メディアの作戦は念入りに準備されていた。
失敗した際の自分の命の在り方まで。
アクノリッジは悔しさに、石の壁に拳を叩き付けた。
シンクは悔しさに唇をかみしめる兄を見ると、諦めた表情で彼の腕を掴み、首を横に振った。
死んでしまったものは、どうしようもないというように。
その時、ミディを抱き抱えたジェネラルが、牢から出てきた。魔王の腕の中で眠るミディの頬には、拭ききれなかった涙の筋がまだ残っている。
アクノリッジは納得できない様子で腕を組むと、憎むべき相手に涙したミディに視線を向けた。
「これは……、どういうことなんだ」
「分かりません。ただ……、ミディとメディアの間に、僕たちの知らない何かがあった、という事でしょう」
そう予想の言葉を口にする魔王の声は、とても低い。何か、噴出しそうな気持ちを無理やり押しとどめている、そのような気持ちが伝わってくる。
ジェネラルはミディの体を彼に差し出した。
「すみません……。今すぐ行かなければならない場所があります。だから……、ミディの事、お願い出来ますか?」
「行かなければならない場所? お前、こんな時に……」
「お願いします」
頭を下げているが、有無を言わさぬジェネラルの言葉に、アクノリッジは次につながる言葉を飲み込んだ。そして無言で頷くと、ジェネラルからミディの体を受け取り、周りの者たちにミディを休ませる準備をするよう指示を出した。
慌ただしく皆が動き出す中、ジェネラルは一人、地下牢から出て行った。
人々が行き来する中、そのような騒ぎも耳に入らない様子で、魔王は一人廊下を歩いていた。
その瞳には、先ほどまであった明るさや優しさはない。
代わりにあるのは、ミディを、死してなお苦しめるメディアへの怒り、そして、ミディが涙しなければならなかった、二人の隠された関係に対する、
嫉妬だ。
“何があったのか、確かめなければ……。死んで逃げるなど……、決して許さない!!”
ジェネラルは外に出ると、瞳を閉じ両手を広げた。硬く結ばれた唇から、低い旋律のような呪文が紡がれる。
彼が行かなければならない場所。
死んだ者が必ず訪れ、その後の在り方を決める場所。
魔王が影響力を持つ、もう一つの場所。
死者の世界へ。
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