第141話 死者
メディアは、広い空間にいた。
明かりも陽の光もないのに、この場所は真昼のように明るい。
しかし、そんなことに彼は全く疑問を感じてはいなかった。
この場所がどこなのか、何故ここにいるのか、これから何をすればいいのか。湧いてくるだろう当たり前の疑問は、魂に刻まれた情報によって、全て解決していた。
彼は、待っていた。
決して人が来る事の出来ないこの場所への訪問者を。
そしてそれは、来た。
彼の姿を認めると、メディアは薄く笑って口を開いた。
「来ると思っていた、魔王」
ジェネラルはその言葉に答えず、ただ憎しみを湛えた瞳を反逆者の青年に向けていた。
―—死者の世界。
魔界、そしてプロトコルで亡くなった魂は、生前の行いに関わらず、この世界にやってくる。
そしてこの世界に留まり続けるか、新たな魂の生成の糧となるかを決めることが出来る。
この世界に留まっても、何か出来るわけではない。
しかし、死を受け入れられない者には、死を受け入れるための時間が必要だ。最後には新たな魂となって旅立つ心の整理が出来るまで、この世界に留まる魂も少なくはない。
ただ目の前の青年は、どちらでもない。
自分への訪問者を待つ、普通ならありえない目的の為、この世界に留まっていた。
この世界に絶対的な影響力を持つ、魔王を。
「思ったより早かったな」
口元に笑みを浮かべつつ、メディアはジェネラルを見た。
魂の存在となった今、ジェネラルの存在がこの世界にどれ程強い影響を持っているのか、そして彼が有する強大な力を嫌という程思い知らされる。
肉体を持っていたときは懐疑的だったが、今はすんなり目の前の男が魔王であることを受け入れていた。
しかしジェネラルの反応は、メディアとは正反対だった。ただ目の前の反逆者に、敵意と憎しみが籠った視線を返すと、低く答える。
「……お前には、聞きたいことがある。死んで逃げるなど、決して許さない」
死んで逃げる、この言葉にメディアは思わずくくっと喉を鳴らして笑った。
「まさかこちらも、死んでまで追われるとは思わなかった」
メディアにとって、素直で正直な感想だった。しかしジェネラルは答えない。くだらない話には付き合わないと目線で意思を示している。
その意思を感じ取り、メディアは笑うのを辞めた。腕を組むと、魔王を前に、高圧的な態度で問いかける。
「それで、この世界まで追って来てまで、何が知りたい」
「……何故、反逆を起こしたのか、その理由。エルザ王以外にも監禁などして捕らえている者たちの情報。そして……」
ジェネラルの瞳に、暗い憎悪の感情が見えた。歯を食いしばると、湧き上がる気持ちを抑えながら、一番知りたい疑問を口にした。
「ミディと……、お前の関係を」
最後の問いに、メディアの表情に疑問が浮かぶ。
「ミディローズと、俺の関係……? 王女と、その臣下でしかない。おかしな事を聞…」
「そんな訳がない!!」
相手の言葉を待たず、ジェネラルは否定した。
しかしメディアは、この世界で絶対的力を持つ者の反応を、不思議そうに見ている。本当に、そう思っているようだ。
聞きたい事が伝わっていない事を感じたジェネラルは、先ほどまで行われていた調査の話を持ち出した。
「……お前の執務室を調査した。あの部屋から、今回の事件に関する証拠は何も出なかった」
「まあそうだろうな」
当然だと、メディアが笑う。証拠隠滅も完璧に済ませていたのだろう。
しかし、ジェネラルの発する言葉に、彼の笑みは消えることとなる。
「そのかわり机の奥から、女性物の白いハンカチを見つけた。……エルザ王家の刺繍が入ったハンカチを」
ジェネラルはそう言いながら、メディアの反応を伺った。青年の得意そうな表情が消え、代わりに心の内を感じさせない無表情があった。
何を考えているかは分からないが、彼の反応から、そのハンカチに何かあるのは確実なようだ。
ジェネラルは、言葉を畳み掛ける。
「あれは……、ミディと関係ある物、のはずだ」
「……知らない。何かの荷物に混じっていたんだろう」
「嘘だ」
「即答だな。ただのハンカチごときに、何を熱くなっている? 他にも、聞くべきことがあるだろう」
「……何も関係ないなら、何故あのハンカチを見たミディの様子がおかしくなったんだ!!」
怒りに満ちたジェネラルの声が、何もない空間に響き渡る。
彼の叫びを聞き、無表情だったメディアの顔に驚きが現れた。ジェネラルの言葉を、無意識のうちに反芻する。
「……ミディローズの様子がおかしくなった? あのハンカチを…見て?」
「あのハンカチ……。やはりただのハンカチではないんだな」
あのハンカチ、と言う発言から、ジェネラルはミディとメディアとの間に何かある事を確信した。
メディアの表情が一瞬歪んだ。しくじったと思っているのだろう。
しかしそれ以上語るまいと、口を閉ざす。そんな彼の口を開かせる為、ジェネラルは、決して言いたくなかった事実を伝えた。
「ミディが、泣いていた」
「……泣いた?」
「ハンカチを見て、ミディはお前の所に向かった。そして、お前の死を知り泣いていた。嘘だと、何度も叫びながら!」
メディアの信じられない気持ちが、言葉がなくても伝わってくる。それでもなおミディを泣かせる理由が思い当たらない様子に、ジェネラルは苛立ちを募らせた。
言葉がさらに、攻撃的なものになっていく。
「お前はミディにとって
口を閉じたジェネラルの呼吸が、少し早い。気持ちのまま、たくさんの言葉を一気にぶつけた為、脳が酸素を必要としている。
肩で息をしながら、目の前の青年が答えるのを待った。
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