第139話 傷跡
ミディは、ジェネラルの叫びも耳に入らない状態で、ただ目的地へと向かって走った。
監禁中、ほとんど動いていなかった為、そしてボロアの葉の影響で、急激な運動は彼女に大きな負担をかけていた。
次第に足は震え出し、走るための安定感を失っていった。しかし言う事を聞かない足を何とか動かし、壁に手をついてそれでも進んで行く。
メディアが投獄されている地下牢へ。
全てを、確かめるために。
ミディが地下牢の入口にたどり着いた時、地下牢内は騒然となっていた。主に兵士たちが集まり、何かを口々に叫びながら、起こった非常事態に慌ただしく対処している。
「報告を!! 早く王に報告を!!」
王女の耳に、兵士が侍女に怒鳴りつける声が聞こえた。
只ならぬ地下牢の様子に不安を感じつつも、ミディは何度か大きく息を吸い呼吸と整えると、地下牢に足を踏み入れた。
ただでさえ非常事態の中、決して居てはならない人物が現れ、兵士たちの間に更なる混乱が起こった。皆、突然現れたミディの存在に、驚きを隠せない表情をしている。
地下牢という場所の為、これ以上王女の侵入を許さないよう、兵士がミディの行く手を塞いだ。
「ミディローズ様!! このようなところにいらっしゃっては……」
「いいからそこを空けなさい!! 私は、メディアに用があるのです!!」
兵士の言葉を最後まで聞かず、ミディは兵士を怒鳴りつけた。
王女の鬼気迫る表情に圧され、兵士は思わず敬礼し、牢に続く道を開けてしまう。
メディアの元に向かうミディの不安が、どんどん大きく膨らんでいく。思うように動かない体、そして重くなっていく胸の苦しみを抱きながら、ミディは進んで行った。
目的地にたどり着いた。
彼女の目の前に、牢に囚われたメディアの姿が映る。
「……そんな……」
目の前に飛び込んできた光景に、ミディは手に持っていたハンカチを落とし、絶句した。
メディアは壁を背に座り込み、まるで眠っているかのように瞳を閉じていた。
彼の横には城医が控え、メディアの腕や首元に指を置いて、脈を測っている。
そして、これ以上は無駄だとばかりに、首を左右に振った。脈を測っていた手を放し、そっと彼の膝の前に置いた。
城医は、この場所にあるはずのない存在に気づき、目を見開いた。城医が口を開く前に、ミディがメディアの状況をかすれる声で尋ねた。
「どうしたの……? メディアは……。この男は……」
「お亡くなりになりました。毒をあおって……自害なされました」
「えっ……」
城医の言葉に、ミディはただ短い言葉を漏らしただけだった。
何かに操られるかのように、ミディは牢に入ると、メディアの横に座った。ひんやりとした石の床は決して清潔ではなかったが、着ている物が汚れる事など、今のミディにはどうでもよかった。
震える手でメディアの左腕をとった。
ミディの練習相手となる程の剣術の腕を持っていたのだ。一見細く見える腕だったが、手に取るとずっしり重く、そして冷たい。
ミディは、手元がおぼつかない様子で左腕の袖をめくり上げた。
メディアの肌が現れた。そこには、
――—白く残った傷跡。
「……あっ……、ああっ……」
ミディは言葉にならない声を上げ、メディアの腕を城医と同じく、死者の膝の上に置いた。
確かめなければならないことに、答えが出たのだ。
「……うそ…よ……。あの人が……、私を助けてくれたあの…人が……」
王女の体から力が抜けた。立つことは、出来なかった。
ただ、心に留めておくことのできない言葉が、彼女の唇から漏れる。その瞳は、メディアの遺体だけを映していた。
ジェネラルたちが地下牢に着いた。目的地が分からず、城内の人々の話を聞きながらやって来た為、遅くなってしまったのだ。
そこで彼らが目にしたのは、
「嘘よ!! 嘘よ嘘よ嘘よ!!! うっ……、あっ……ああああああああ――――――!!」
自分を傀儡にし、国を乗っ取ろうとした反逆者にすがり、涙を流して叫ぶミディの姿だった。
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