第130話 拒絶

 一瞬、メディアが何を言っているのか、ジェネラルは理解出来なかった。


 それは、アクノリッジも同じだったようだ。

 何を言っているのだ、という気持ちをあらわに、メディアを見ている。


「現実を拒絶している者、生きる希望を持たない者にボロアの葉を与えると、気付け薬を与えてもそのまま目覚めず、死に至ることがある」


 自分の言葉を補足するように、メディアは言葉を続けた。

 怒りに頬を赤くし、アクノリッジがさらに強く襟首を掴みかかる。


「メディアてめえ、いい加減な事を言うんじゃねえよ!」


 しかし、メディアは真っ直ぐアクノリッジを見つめ返す。襟首を掴まれているのに、全く動揺せず、苦しそうな素振りも見せない。

 自らの正しさを伝える為、さらに言葉を続ける。


「ボロアの葉を扱う者達の間で、密かに伝えられている事だ。現実から逃げている者に、ボロアの葉を与えるな、とな」


「例えそれが事実としても、ミディに限ってそんな事があるわけがねえだろうが!」


「俺も、そう思っていた。薬を与える時、気にもかけていなかった。だが実際は違った」


 アクノリッジから視線を外し、メディアは再び倒れるミディを見つめた。

 その表情から彼にとっても、ミディが目覚めない事は予想外だった事が読み取れる。


 ジェネラルは、焦点の定まらない瞳で自分を見ているミディに、視線を戻した。左手をかざし、解毒や治療の魔法を試してみるが無駄に終わった。


 解毒や治療の魔法は、本人に備わっている治癒能力を引き出し治りを早くしているだけなのだ。


 幻花に関しては人間が解毒出来きない物が多く、ボロアの葉も気付け薬を使わなければ解毒する事が出来ない。元々、備わっている治癒能力で解毒出来ない物を、魔法で解毒出来ないのだ。


 アクノリッジもいくつか薬を取り出し、ミディに試してみたが、ジェネラルと同じ結果に終わった。


“ミディが、現実を拒絶しているなんて……。あのミディが……”


 自信に満ちた表情を浮かべ剣を構える、ミディの笑顔を思い出し胸が苦しくなった。


 あのミディが、生きる希望を持っていないなど、ジェネラルには考えられなかった。むしろ、他の薬との副作用だと言ってもらった方が信じられる。


 しかし、ミディが目覚めないのは事実。


 その時、勢いよく扉が開かれた。シンクが戻ってきたのだ。

 彼の後ろには、エクスとユニに支えられたエルザ王と、心配そうに王に寄り添う王妃の姿があった。


 無事、救出できたらしい。


「ミディ!!」


 ライザーとキャリアが、同時に娘の名を呼んだ。

 ゆっくりと支えられながら、ミディの側に近づくと、その顔を覗き込んだ。


 ジェネラルに驚かないところを見ると、シンクから事情を伝えられているのだろう。


「兄い、ミディ姉どうしたんだ? まだ薬を与えてねえの?」


 出て行った時と変わらない状況に、シンクが眉根を寄せて尋ねた。唇を噛み、アクノリッジが事態を説明する。


 彼の説明に誰もが言葉を失い、ミディに視線を向けた。


「そんな事、あるわけねえよ! だって、ライザー様もボロアの葉を与えられてたけど、同じ薬で正気を取り戻したんだぜ!? ボロアの葉以外の幻花を与えられてたのにも関わらずだぜ!?」


 シンクが、自分達に間違いはないと主張する。

 ボロアの葉を与えられたライザーが目覚めたという事は、薬が正しい事を証明している。


 ならば、ミディが目覚めないわけがない。


「メディア……、貴様は……」


 ライザーが低い唸り声を上げ、壁にもたれているメディアを睨みつけた。その側で、キャリアが心配そうに娘の手を取り、何度も名を呼んでいる。


“メディアの言う事が正しいなら……、ミディは何故現実を拒絶しているの……? 一体、何が……”


 このまま目覚めることなく、死ぬかもしれない恐怖が、彼女の肩を抱く手に力を込める。

 光なく自分を映す瞳に、気持ちを抑えられなくなったジェネラルは、あふれ出した気持ちのままに、ミディの体を揺すった。


「ミディ! ミディ、目覚めて!! 薬なんかに負けないで!! お願い、目を覚まして!! ミディ!!」


 大きな声で、ジェネラルは何度もミディの名を呼んだ。

 悲痛な叫び声に、誰もが辛そうにジェネラルを見る。


 魔王の叫びは、続いた。


「ミディがこんな薬に、負けるわけがないじゃないか!! 魔界に来て、僕やエクスを魔法で吹き飛ばした元気は、一体どこに行ったんだよ!! 旅の途中、色んな困難があっても、ミディはいつも逃げずに立ち向かってたじゃないか!!」


 堪らず、シンクはジェネラルから視線を外した。

 ライザーは悔しそうに拳を床に叩きつけ、キャリアはライザーにしがみ付き、その肩に顔を埋めている。


 彼女を呼び覚ますように、ジェネラルはミディの体を激しく揺すった。が、叫び空しく、彼女の手が力なく床に落ちる。 


 一瞬言葉を失ったジェネラルだったが、悔しさに唇を噛むと、さらに大きな声で呼びかけた。


「ミディは、強いじゃないか!! この世界を相手に戦える程、強いじゃないか!! そのミディが、負けるわけがない!!」


 全身全霊を込め、叩きつけられるように発された言葉。

 支離滅裂だが、ありったけの気持ちが込められた叫び。

 

 その時、ミディの瞳に変化が起こった。

 今まで見えなかった瞳の光が灯り、少し揺れたのだ。


 息を飲み、ジェネラルは彼女の変化を見守った。

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