第129話 解毒

 メディアは拘束されたまま、しかし憎しみの篭った瞳で、目の前の二人を睨んでいる。

 そんな反逆者の視線に目もくれず、ジェネラルは倒れているミディを抱き起こすと、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。


 その隣では、アクノリッジが鞄に入っているケースから一本の針を取り出し、ジェネラルに差し出した。


「ジェネラル、ボロアの葉専用の気付け薬だ。こいつを腕に刺せば、ミディは目覚めるはずだ」


 差し出された針を受け取ると、ジェネラルは黙ってその言葉に頷く。そして、彼が指示したとおり、ミディの腕に針を優しく刺した。


 針から体内に薬が流れ込むのを確認すると、ゆっくりと針を引き抜く。


 薬が効き王女に反応が現れるのを、部屋の者たち皆が黙って見守った。

 しかし、


「アクノリッジさん、ミディ……目を覚まさないですよ……?」


 震える声で、ジェネラルはアクノリッジに尋ねた。

 慌ててアクノリッジも、ミディの顔を覗き込む。


 相変わらず、光のない瞳がそこにある。

 彼女の前で手のひらを何回か振ったが、全く無反応だ。


「いや、薬に間違いはないはずだ! この気付け薬を使えば目覚めるずなんだ……。目覚めないはずがないんだ!」


 首を横に振りながら自分に言い聞かせるように、アクノリッジは叫んだ。ミディの体を軽く揺らすが、やはり彼女から反応は返ってこない。


 予想外の出来事に戸惑う二人の耳に入ってきたのは、


「ふっ……」


 まるであざ笑うかのような短い笑い声。ジェネラルは、ミディの体をアクノリッジに任せると、ゆっくり確かめるかのように声の持ち主に視線を向けた。


 メディアだ。唇の端を引き上げ、俯きながらも小さく体を震わせて笑っている。


 彼を拘束する護衛たちは、不意に笑い出した反逆者の様子に戸惑いを浮かべながら、どうすべきかお互いの目を見合っていた。


 ジェネラルの体の中で一瞬にして、熱いものが腹の底から脳天につき上がった。


「メディア……。ミディに一体何をした! ボロアの葉以外に、何を使ったんだ!!」


 ジェネラルは、今まで発した事のないと思われる程強い怒りの声をあげた。

 温厚なジェネラルからは想像もつかない、殺気だった強い怒りに、アクノリッジは驚く。


 ジェネラルは、すっと左手を上げた。アディズの瞳を、メディアの方に向ける。

 

 その瞬間。

 

「ぐっ……」


 見えない力がメディアを壁に押し付け、彼の体を締め付けた。ジェネラルの手が上がると、それに合わせてメディアの体が宙に浮く。足が地から離れ、メディアは苦しそうに両足をばたつかせている。


「ぐああぁぁぁ……」


 苦悶の表情を浮かべ、首元をかきむしるメディア。ジェネラルは怒りを湛えた瞳で、苦しむメディアを見ている。完全に、怒りで我を忘れているようだ。


「やめろ、ジェネラル!!」


 見かねたアクノリッジが声を上げて制止した。

 彼の怒鳴り声に、自分が何をしているのか気が付いたのか、ジェネラルははっと自分を取り戻した。


 左手を下ろすと、メディアの体も呪縛から解放され、床に倒れこんだ。苦しそうに肩で息をし、ぐったりと壁にもたれ掛かっている。


 自分を取り戻した事にほっとしたアクノリッジは、まだ怒りが収まらない様子のジェネラルに背を向けると、ゆっくりとメディアに近づいた。


 夢中で空気を吸い込んでいるメディアの襟首を掴むと、持ち上げた。


「で、お前はミディに何をしたんだ?」


 メディアは激しく呼吸をしつつも、首を横に振った。


「……俺がミディローズに与えたのは、ボロアの葉のみだ」


「ボロアの葉だけなら、この薬で目覚めないわけがねえんだよ」


「……俺は、ボロアの葉以外に与えていない。だが……」


 口元をぬぐい、メディアは顔をあげてアクノリッジを見返した。


「過去にも、正しい薬を与えているのに、正気を取り戻さなかった事があった……はずだ」


「何だと? それはどういう時だったんだ! 一体、何が原因だったんだ!?」


「それは……」


 メディアは、少し戸惑いの表情を浮かべ、口を閉ざした。

 再びジェネラルに抱き起こされているミディに、視線を向ける。


 瞳を閉じ、メディアは呟くような小さな声を出した。


「現実を……、拒絶している場合だ」

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