第131話 恐れ

 ミディの瞳に変化があった。


 息を呑む魔王の様子に、アクノリッジとシンクが近くに駆け寄った。ユニとエクスは、メディアの側に立ちながらも、視線はミディに向けている。


「…………………」


「……ミディ?」


 ミディの唇が、何か言葉を紡ぎ出した。

 何を言ったのか聞き取ろうと、ジェネラルは彼女の口元に耳を近づける。


 息が漏れたような小さな声だった。


「………違う」


 一体何を否定しているのか分からなかった。

 しかし、ミディの言葉は続いた。


「……違う……強くない……私は……強くない……強くない……強く……」


 呪文のように、何度も何度も同じ言葉を繰り返している。

 彼女の唇が、激しく震える。


 側にいるジェネラルでも、しっかり耳を澄ましていなければ聞こえないような小さな声で呟いた。


「………怖い……助けて……」


 ふっとミディの瞳が閉じられた。


 その瞳の端から、一筋の涙が零れ落ちた。


 再び瞳が開かれたが、もうそこに感情は見られなかった。再び、ボロアの葉に捕らわれてしまったのだろう。


 しかしジェネラルが全てを理解するには、その一言で十分だった。

 彼女の言葉を噛みしめるよう、少し顔を伏せ瞳を閉じる。


「そう…だったんだね……。ミディ……」


 彼女を呼び覚ます叫びと違う、柔らかい声が皆の耳に届く。

 ジェネラルは瞳を開き顔を上げると、優しく何度もミディの髪を撫でた。


「……怖かったんだね。四大精霊の予言を、恐れていたんだね。一人でずっと……」


 ―――世界に失われつつある秩序を取り戻す、大きな役目を背負っています。


 生まれた時、四大精霊に予言され、祝福という名の奇跡の力を授かった。

 世界を背負うその大きな役目に、彼女は立ち向かい、強くあろうとした。


 予言を恐れ、怯える自分を隠しながら。


 そっとミディの頬を伝う涙を指でぬぐいながら、ジェネラルは共に旅をしていた時の事を思い出していた。


 ジェネラルに自分の力の事を伝えてなかったのも、伝える事で予言を思い出したくなかったから。


 誕生日に元気がなくなったのも、予言の恐怖を祝いという形で突きつけられるから。


“ミディが自分より強い者を結婚相手に望んだのも……、自分を支えてくれる人が、傍に欲しかったから”


 それが彼女が望むもの。


 絶対無敵と言われ、強く振舞っていた王女は。

 

 ―—未来に怯える小さな女性だった。



 ジェネラルの口から、小さく謝罪の言葉が漏れる。


「ごめん……、気づいてあげられなくて……。ごめん……、いつも……気づくのが遅くて……」


 ボロアの葉で意識を封じられるまで、欠片もミディの本当の気持ちに気が付かなかった自分を責めた。


 悔恨の念に駆られる気持ちを抑え、そっとミディを抱きしめる。


「……僕が守るよ。ミディを支えることの出来る強い相手が見つかるまで、ミディが助けを必要としなくなるまで、僕が守る……。だから……」


 ありったけの想いを込め、ぎゅっと力を込めた。


「現実に戻ってきて。目を覚まして……」


 ミディは、何も答えない。


 それでも構わず、ジェネラルはミディを抱きしめたまま少し赤くなった瞳を閉じ、王女の目覚めを待った。

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