第117話 囚人2

「……メディア、何を考えている」


 一瞬の変化を悟られ、メディアの表情がすぐに読めないものに戻った。しかし悟られたものは仕方がないと、あきらめた様子で口を開く。


「いえ、今のあなたの言葉で、昔、ミディローズ様の剣のお相手をしたことを思い出しましてね。少し懐かしんでいた、ただそれだけですよ」


「……確かにそういう事もあったな。あの娘は中々お前に勝てず、躍起になって手合わせを申し込んでいた」


「……昔の話です。今のミディローズ様には、私も敵いませんからね」


 少し笑いを含んだ声の調子で、メディアは今度は隠すことなく過去を思う。


 まるで、その思い出を大切にしているかのような……。


 目の前にあるのは、国を騙し、今こうして王たる自分を捕らえている反逆者ではなく、かつて国の為に尽くし、王の信頼を受けてきた青年の姿だった。


 王の心に戸惑いが生まれる。


“……あの頃のメディアには、反逆の意志はなかったということなのか……? ならいつから? 何がきっかけだ……”


 様々な疑問が、王の脳裏をよぎった。しかし、目の前の青年からは何も得られない。 

 唸り声に近い声で、再びライザーはメディアに問いかける。


「一体、お前の目的は何だ。富も地位も名誉も、誰もが羨むほど持っているはずだ。そのお前が、反逆を企てるなど……。王という地位が望みなのか? それとも、俺の命が欲しいのか?」


 メディアはすでに、エルザ城で王家の次に高い地位にいる。そして、輝かしい経歴も。全てを手に入れたかのように思われる彼がそれ以上に望むものが、ライザーには分からなかった。


 メディアは少し考える様子で、ライザーから視線を外した。腕を組み、少し上を見ている。


「あなたの命? 興味ありませんね。王としての地位は……、そうですね。王となって、大陸中を戦乱の渦に巻き込んでも、面白いかもしれませんね。エルザの資源、そしてミディローズ様の力を使えば、この大陸を掌握する事は、わけないでしょう」


 笑いながら、メディアは答える。が、ライザーには、笑い事で済ませられなかった。


 この男なら、やりかねない、そしてやり遂げる事が可能だと、知っているからだ。


 ライザーの視線から、彼が思っていることが伝わったのだろう。笑い声をあげると、


「例えばの話ですよ」


と答えた。


 しばらくの沈黙後。


「お前の後ろにいるのは、レージュか?」


 ライザーは、目の前の男を探るよう、今までにない鋭い視線を向けた。レージュに動きがあるのは、知っていた。ただメディアにそれを問うたのは、勘の部分が大きい。


 しかしメディアの笑みが、消えた。しばらくして口の端が持ち上がった。表情から、王の言葉を肯定しているように見える。


「そうなのか、レージュの差し金か……?」


「まあ、私にはどうでもいい事ですが」


 鼻で笑って、メディアが答えた。


 メディアは、重要な場面では自分の考えを表に出さない。表情で、自分の裏にいるものの存在を肯定するなど、この青年からは考えられない事だ。


 作戦を成功させる自信の高さ故に、このような態度を取るのか。

 それとも、本当にどうでもいいことなのか。

 他に、隠されたものがあるのか。


 その時、近づく足音に、ライザーの意識は現実へ戻った。

 メディアが、懐から針とビンと取り出すのが見える。


 手にした物に危険を感じたライザーは逃げようとしたが、背中に当る壁の感覚に、自分が今置かれている状況を思い出した。


「話は、これくらいにしておきましょう。あなた様には、しばらく大人しくして頂かなければ」


「大人しくだと……? ふざけ……」


 メディアはライザーの腕を取ると、彼が話し終わる前に、手に持っていた針を突き刺した。

 

 ミディと同じ、ボロアの葉を。


 刺された針を見、一瞬驚いたライザーだったが、その表情はすぐに笑みへと変わった。

 怒りや憎しみではなく、諦めたような異様な光を瞳に湛え、笑っている。


 そしてメディアの腕を掴み、口を開いた。


「いいだろう。俺はこのままお前の操り人形になってやる。しかし……ミディは、四大精霊の祝福を受け、予言を与えられた特別な娘だ……。果たして、お前の思い通りに……いくかな……?」


 メディアは王の言葉に、何も答えなかった。ただ無表情に、力を失っていく王を見つめている。


 薬が体内に入り、効果を表し始めた。ライザーの瞳から正気の光が消えつつある。

 薬と戦いながら睨み続けるライザーに、メディアは耳元で囁いた。


「ミディローズ様と同じく、ゆっくり夢の世界をお楽しみ下さい。ライザー様」


 メディアの腕を掴んだ手が、力なく地面に落ちた。

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