第105話 本心

 ミディが好きだと感じ始めたのは、いつからだろう。 

 分からない。



 だけど―――――



 無理やり連れ出された旅が、

 気が付けば、楽しく感じるようになっていたように。



 少しずつ。

 少しずつ。



 彼女に、惹かれていったんだと思う。




*  *  *




「だって僕は、ミディが好きだから!!」


 アクノリッジの怒鳴り声に蝕され、叩きつけるように発された、ジェネラルの本心。


 少年の気迫に押されたのか、アクノリッジは息を呑み、細い瞳を見開いている。

 シンクも兄と同じように、告白を口にした主に視線を向けたまま固まっていた。


 二人の反応を見て、少し冷静さを取り戻したのか、ジェネラルは視線を落とすと、


「……好きなんです、ミディが」


と、今度は、自らがその意味を確かめるかのように呟いた。

 改めて言葉の意味を理解し、みるみるうちに頬が赤くなっていく。


 それ以上何も言えず、ジェネラルは頬から耳たぶに熱が上がるのを感じながら俯いた。


 沈黙が、部屋を支配する。

 が……。


「……ぷっ」


 突然、誰かが噴出す音が部屋に響き渡った。

 予想外の音に、何事かとジェネラルは顔を上げる。

 

 そこには、


「ふっ……、あははははっ!」


 腹を抱えて大笑いするアクノリッジの姿があったのだ。

 何故、笑っているのか尋ねようと口を開こうとした時、別の笑い声がジェネラルの鼓膜を振るわせた。


 シンクも、アクノリッジと同様に笑っているではないか。


 まあ確かに、こっ恥ずかしい告白をしてしまった、とは思う。しかしだからと言って、ここまで大笑いされる覚えはない。

 それともミディを好きになるなど、命知らずだと馬鹿にされているのだろうか。


「おっ、お二人とも、何がそんなにおかしいんですか!?」


 赤く染まった頬を、さらに熱くし、ジェネラルは少しとがった声で問うた。

 こちらは、勢いに任せたとはいえ、真剣に理由を述べたのだ。その結果が、この大爆笑。


 ちょっと腹が立つ。 


 ジェネラルの声の調子から、笑っている場合ではないと判断したのだろう。

 兄弟は笑いを止め、ジェネラルに向き直った。


 シンクが近づき、ジェネラルの肩を叩く。


「ジェネラル、ようやく言ってくれたな!」


「……シンクさん?」


「だよな。こいつ、鈍そうだもんな」


「あっ、アクノリッジさん……?」


 アクノリッジに、くしゃっと頭を撫でられながら、ジェネラルは訝しげに二人を見た。

 彼らの言っている意味が、分からない。戸惑う少年の顔には、そう書いてある。


 企みを含んだ表情で、アクノリッジが説明した。


「お前さ。ミディの事好きなのに、自分で気づいてなかっただろ? だから、お前の本心に気づかせてやろうと思ってな」


「そうそう。めっちゃミディ姉好きなの伝わってくるのにさ。もう見てるこっちが、じれって~! 早く気づけよ~!! って感じだったぜ?」


「はっ? ………えっ、ええええええええ―――――――—!?」


 二人の言葉、『お前がミディを好きだったことには気づいていた』という発言に、ジェネラルは今までで一番の絶叫を上げた。と同時に、部屋に隅まで物凄いスピードで後退く。


 壁にペタッと背を付けると、彼らの発言から一つの可能性を導き出した。


“この二人にばれてたぐらいだから……、まさかミディも、気づいて……た? ………あっ……、あああああ―――――――――!!!”


 頭を抱え、その場にしゃがみこむジェネラル。変な汗を額に一杯かきながら、導き出された可能性を振り払おうと、必死で頭を振っている。


 今までの行動を思い出すと、ミディが自分の気持ちに気づいていない……と思いたい。いや、信じたい。


 とにかく今は、自分自身すら気づいていなかった気持ちが、第三者にはまるわかりだった事実に、もう消えてしまいたい…と、ジェネラルは思った。


 少年の行動の意味が、分かったのだろう。


「大丈夫だって、ジェネラル。ミディは気づいてねえよ。あいつには今、勇者と結婚するっていう野望で周りが見えなくなってるからな」


 アクノリッジは、笑いの発作を堪えながら、手をひらひら振った。ジェネラルの恥ずかしさで身もだえる姿が、また笑いのツボに入ったのだろう。


 笑いの発作を止める為に深呼吸する兄から、シンクが言葉を引き継ぐ。

 

「魔法を使えるお前が、足手まといになるわけねえじゃん」


「ミディに対する気持ちを確かめる為、わざとああいう態度を取ったんだ。悪かったな、ジェネラル」


 二人はジェネラルに軽く頭を下げた。

 それを見て、ジェネラルの混乱した気持ちも、落ち着きを取り戻す。まだ頬の赤みは収まらないようだが。


“お二人の作戦に、まんまと引っかかってしまったのは……、何だか……、いやめちゃくちゃ悔しいけどっ!!” 


 心の中で、ジェネラルは地団駄を踏んだ。が、ミディの事で冷静になれず、アクノリッジの言葉を、売り言葉に買い言葉とばかりに応酬したのが、そもそも悪い。


 挙句に、ミディへの気持ちを、思わず暴露する失態。

 そして自分でも気づいていなかった本心が、第三者に気づかれていた事実。


 一連の流れを思い出すと、穴があったら入りたいぐらい恥ずかしい。いや、このまま消え去りたい、とすら思う。


 しかし、


“まあ……、今までもやもやしていた事が、はっきりしたし……”


 ミディに対して感じていた、理由の分からない感情―—鳩尾に重いものを感じたり、少しイライラしたり、感情が揺れたり、などの事だ。


 全て、ミディが好きだったからこその感情だったのだろう。 


 頬に篭る熱を持て余しながら、ジェネラルは息を吐いた。


 暗い表情でいるジェネラルとは正反対に、アクノリッジとシンクは、お互いの手を勢いよく叩きつけ、作戦の成功を喜んでいる。


「これで、『ジェネラルをエルザ王にしよう☆大作戦』の成功に、また一歩近づいたな!」


「そうだな、弟よ! こいつが王になったら、ぜってーおもろいもんな!」


「何かと理由をつけて、遊びに行こうとか考えてるだろう、兄い?」


「そういうお前もだろ?」


「いや、俺は兄いみたいに手間のかかる事はしねえよ。エルザ城に入ってジェネラルの側近になるもんね」


「……そう来たか、シンク。さすが、我が弟だ! それじゃ、俺も……」


 ジェネラルが王になったらどうするか、楽しそうに話し合う二人。この二人は以前ミディに、ジェネラルと結婚するように勧めていたのだ。


 理由は、『こいつが王になったら、めちゃくちゃ面白そうだから』である。


“あれ……、本気だったんだ……”


 きゃっきゃと会話を膨らます兄弟の様子を見、ジェネラルの頬が引き攣りを通り越し、時折痙攣している。


 あの時は、ミディに黙らされたが、この様子を見ると、ずっと諦めていなかったらしい。その労力を、モジュール家立て直しに使って欲しいと、ジェネラルは心底思った。


 もちろん、ジェネラルとの結婚話を、ミディが許すわけがないと思うが、


“この二人にかかれば、実現させてしまいそうで怖い……”


 根拠はないが、現実化してしまいそうな力が、あの二人には備わっている。背中に伝う冷たいものを感じながら、ジェネラルは改めて、この兄弟の底知れぬポテンシャルを思わずにはいられなかった。

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