第99話 思案

 王の相談役である青年は、いらいらとした表情を浮かべ、ジェネラル発見の報告を待っていた。しかし、


「申し訳ございません、メディア様。あの少年の姿は、どこにも見当たりません」


 部屋にやってきた兵士が、顔を強張らせ報告する。メディアの表情から、自分の報告が彼をさらに苛立たせる事が分かっていたのだろう。


 兵士の報告を聞き、音を立ててメディアが立ち上がった。


「どういうことだ! あの高さから飛び降りて、無傷なわけがないだろう!」


 案の定、怒声が部屋に響きわたった。兵士の肩が、ビクッと震える。


 ジェネラルが飛び降りたのは、エルザ城最上階の高さだ。訓練を組んでいる者でも、無傷で飛び降りることは非常に厳しい。何か道具や細工をしなければ、大怪我を追って地面に這いつくばることになるだろう。


 あの少年が、負傷しつつもあの高さを飛び降り、逃げおおせたなど信じられない。


 メディアの苛立ちに満ちた視線が、兵士をとらえる。

 兵士は、再び肩を震わせると、恐る恐る答えた。


「確かに落下したと思われる場所の近くで、血痕は発見したのですが、少年の姿はどこにも……。我々も懸命に調査はしているのですが……」


「言い訳はいい! 探し出せ!」


 怒鳴られ、兵士は慌てて礼をすると、逃げるように部屋から出て行った。

 兵士が出て行ったのを確認すると、前を向いたままメディアは名を呼んだ。


「プリング」


「はい、メディア様」 


 彼の声に反応し、部屋に人影が現れる。姿は見えないが、低い声から男だと推測できる。

 メディアは、相手の姿が見えなくても気にせず、指示を与えた。


「城内外に噂を流せ。『昨日、城に来た優勝者が、ミディ王女の寝室に忍び込み、狼藉を働こうとした』と。後、今回の事件により、この事に気が付いた者がいないか探れ。……特に、今、城に滞在している『あれ』の動向には特に注意しろ」


「畏まりました」


 すっと影が消える。


 しばらく椅子に座り顔を伏せていたメディアだったが、顔を上げると席を立った。

 その足は、奥の部屋へと向けられた。


 奥の部屋にはミディがいた。両手を膝の上に置いた状態で、ベッドの上に腰を掛けている。


 ノックなしに入ってきたメディアに何も言わないどころか、視線すら向けない。ただ、じっと前を向いたままである。


 先ほどの騒動でミディの部屋が荒れてしまった為、メディアの執務室に連れてこられたのだ。奥の部屋には、仮眠の為の寝室が用意されており、新しい部屋の用意が出来るまで、この部屋でメディアの保護下に置かれることになった。


 ジェネラルの侵入を許してしまった今、もうあの部屋は使えないだろう。


 メディアは近くのソファーに腰掛けると、頬杖を付きながら先ほど起こった事件を思い出していた。


“影よ”


 ジェネラルがそう言った瞬間 周りの兵士たちが苦しそうに悶えだした。体中には、黒い何かがまとわりつき、彼らの自由を奪っていたように思う。


 そして、突然砕けた剣。

 あの時も確かに、少年の叫びに答えるかのように起こった出来事だった。


 落ち着いてから思い出すと、奇術だと言うには納得いかない点が多い。


“あの少年……一体何なのだ……”


 メディアは唇を噛んだ。


 あの高さから躊躇なく飛び降りた事を考えると、やはり盗賊かそのような特殊訓練を受けた者なのだろうか。だが、ヌルで会った際の雰囲気と盗賊技術とが、あまり結びつかない。


 不安そうな目でミディを見送っていた少年の姿を思い出しながら、メディアは考えを打ち消した。


 ここでどれだけ考えても、真相は分からないままだ。メディアは今までの考えを振り払うように、頭を振った。


 とにかく今の所、ジェネラルを追うしかない。

 兵士たちが彼を追っている。明日には手配書も周り、町人達の目が全て監視者になる。

 捕まるのも時間の問題だろう。少年が何者かは、その後じっくり問い詰めれば良い。


 メディアは席を立つと、ミディの前へやってきた。

 ベッドに座るミディは、まるで部屋を装飾する為に置かれた、棚の上の人形のようだ。


「立て、ミディローズ」


 王女に対する言葉とは思えない、高圧的な態度。

 普段のミディなら次の瞬間、力によって強制的に相手の言葉遣いを改めさせるだろう。

 しかしミディは命令に従い立ち上がると、メディアにその青い瞳を向けた。


 彼の口元に、笑みが浮かぶ。

 ゆっくりと手を伸ばすと、王女の長い髪に指を絡ませ、凹凸一つない滑らか肌の感触を楽しむかのように頬を撫でた。

 頬以上に柔らかい唇に、何度も指を這わせる。


 その時、


“魔界を統べる者―――魔王ジェネラルが、あの少年よ”


 ヌルの町でのミディの声が蘇った。

 青年の手が止まった。口元の笑みが消える。

 ヌルで聞いた時、メディアは全く信じていなかった。


 しかし、彼から不思議な攻撃をうけた今なら……。


 メディアの瞳が、細められる。


 彼の表情から、恐れは感じられない。それどころか、笑い出しそうになる衝動を堪えながら、小さく喉の奥を鳴らした。


“誰であろうが……、決して邪魔はさせない”


 暗く笑うメディアの様子を、ミディだけが光のない瞳で見ていた。

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