第98話 脱出

 体中が、激痛で悲鳴を上げている。

 

 全身に風を受けながら、痛みの感覚に支配された思考の片隅で、ジェネラルはそう思った。

 

 次の瞬間、ジェネラルの体は魔力で作られた空気の塊に優しく受け止められ、小さく跳ねた。少年の体が力なく地面に転がる。

 落ちた衝撃ですら、今の彼には息が止まるほど苦しい。


 これ以上声を出さぬように歯を食いしばりながら、ジェネラルは這うように近くの茂みに隠れた。


 先ほどまで闇に沈んでいた場内が、一気に騒がしくなっている。城内に明かりが灯され、走り回る兵士たちの影が、ジェネラルが向ける視線の先に映る。


 彼が落ちた場所は、すぐに特定されるだろう。


 しかしこの大怪我のまま逃げ出しても、自分自身が先に力尽きてしまう。

 ジェネラルは、見つかる危険と自身の危機を天秤にかけ、自らの治癒を優先した。


 魔力を集め、左手を肩の傷に当てる。


「受けた傷……、肩と背中の……止血を……」


 魔力の形成を誤らぬよう、自分が何を望んでいるかを口にする。

 切りつけられた部分をぬくもりが覆い、血が激しく脈打つのが感じられた。


 浅い傷の表面を薄い膜が覆った。

 痛みの為、早かった呼吸が少しだけ落ち着きを取り戻していく。


 自らの自然治癒力を高め、傷を癒したのだ。

 しかし短時間だったため、深い傷はまだ開いたままだ。流れ出る血の量は減ったが、危険な状況は変わらない。


 それに、失った血は早々戻らない。

 ジェネラルの意識は、辛うじて保たれている状況だった。


 隠れるジェネラルの前をバタバタと音を立て、兵士達が通り過ぎていく。誰もいないのを確認すると、何とか動けるようになったジェネラルは急いでその場を離れた。


 ふらつく足元を、気力でなんとか動かす。


“一体、どこへ逃げたら……”


 エルザ城の構造がどうなっているのか、全く分からない。状況は不利だ。

 後ろを気にしながら、建物の角を曲がろうとした時、


 ドンッ!


「うわっ!」


「どあっ!!」


 衝撃と声が響き渡った。何かにぶつかったようだ。

 ジェネラルの体が後ろに倒れた。治りきっていない背中に激痛が走る。ふさがった傷が、開いてしまったかもしれない。


「なっ、何だよ一体……」


 同じく、地面に倒れたと思われる人物の声が聞こえた。

 ジェネラルは、この声の持ち主を知っていた。

 その人物も、ジェネラルに気が付いたようだ。驚きに息をのむ声が、微かに聞こえた。


「おっ、お前っ!! どうしてここに!?」


 慌てた声、そして見知った顔がランタンの光と共に現れた。

 驚きに満ちたその表情を見ると、ジェネラルは安心からか体中の力が抜けた。今まで、体に無理を重ねたツケが回って来たようだ。


 魔王の意識はそこで途切れた。

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