第97話 侵入
その時。
「お前、ここで何をしている!! どうやって中に入った!!」
突然扉が開かれ、兵士達が部屋に飛び込んできた。
ジェネラルの声が、驚きのあまり大きくなってしまい、護衛の兵士たちに届いてしまったのだろう。
自分の失態に、ジェネラルは心の中で舌打ちをした。
慌ててミディを背に、兵士たちと向かい合う。
このまま兵士たちに飛びかかられてしまうと思われたが、不意に兵士たちの間が分かれ、一人の男性が姿を現した。
低い声が、ジェネラルの鼓膜を震わせる。
「お前は……、確かミディ王女と共に旅をしていた少年だったな。突然やって来た優勝者が、お前だったとは……」
短く切りそろえられた緑色の髪の男――ミディの婚約者であるメディアだ。
ミディローズ杯の優勝者が来たという報告を受け、断って万が一騒がれても困ると城内に迎え入れる許可を出したのは、彼自身だった。迂闊だったと、小さく呟く。
ジェネラルを見るメディアの赤い瞳は、以前会った時と比べるとどこか暗く、何を考えているか読めない。ただ細く、鋭い視線を魔王に向けている。
だが、彼がミディの異常に関わっている事は、ジェネラルにも分かった。
この男が、ミディから光を奪ったのだ。
「メディアさん……、あなたは一体、ミディに何をしたのですか!」
怒りを込め、ジェネラルは叫んだ。
しかし、メディアは少年の問いには答えない。
代わりに、
「捕まえろ。抵抗するようなら、手足を切り落とせ」
少年をとらえるには、残酷すぎる命令を兵士たちに下した。
ミディを人形のように変えてしまったメディアを、ジェネラルは怒りと憎しみの表情で睨みつける。
目の前にいる奴らに攻撃魔法をぶち込みたい衝動に駆られたが、感情的になっている今、魔法の制御が上手くいく自信がない。ミディはもちろん、近くにいる無関係の者達も巻き込んでしまう。
代わりにジェネラルは、左手に意識を集中させた。
彼の前に立つ兵士達は、メディアの命令通り武器を構え、少年に襲い掛かった。
それと同時に魔王の口から、魔法を構成する言葉が発された。
「影よ」
呪文と思えない、短い詠唱。
魔法世界の支配者の言葉に従い、左手から魔力が放出され、彼の願いを形作る。
次の瞬間、
「うわあああああああ!!」
「なっ、何だこれは―――!!!」
体に絡みつく黒い物に、兵士達がパニックを起こした。
剣で切りつけても切れることなく、兵士達の体を這い上がり、壁や地面に体を押し倒ていく。最後には、兵士が動けないようにがっちり絡みついた。
黒い物の正体は、兵士自身の影だ。
チャンクの時に使った、相手の影を使役する魔法である。
パニックを起こしている兵士達を尻目に、ジェネラルはミディに駆け寄った。
あれほど部屋がパニックに陥っているというのに、王女は表情一つ変えず、出会ったときと同じように座っている。
ジェネラルは、ミディの手を取った。
「ミディ、逃げるよ!」
ミディは、返事をしない。
ジェネラルは、構わずミディを立ち上がらせる為に、彼女の手を引いた。
しかし、
「その手を離せ」
静かすぎる、しかし只ならぬ殺気に満ちた言葉に、少年の動きが一瞬止まった。
振り向く間もなく、ジェネラルの右肩から背中にかけて激痛が走る。
「――—っっ!! うああ……、っっあぁぁ……」
ジェネラルはミディの手を離すと、右肩を押さえて倒れた。血が溢れ出し、少年の服を赤く染めていく。
激痛が彼の思考を支配し、口からは意味を持たないうめき声が漏れた。
うずくまる少年の側に、メディアが立つ。その手には、魔王の血に濡れた剣が握られていた。
術者がダメージを受けた事により、魔法の構成が崩れ、影達が消えた。
兵士たちの体に自由が戻ったが、まだパニックが続いているようで、ジェネラルをとらえる役に立ちそうにない。
"…………早く治癒魔法を……"
しかし、傷を癒す為魔力を集めるよりも早く、少年に向けて剣が突きつけられた。
ジェネラルは歯を食いしばりながら、剣の持ち主に視線を向ける。
先ほどまで、何を考えているか読み取れなかった赤い瞳には、明らかに感情らしきものが現れている。
怒りだ。
「ここで死ね」
メディアはジェネラルに向けて、躊躇なく剣を振り下ろした。
少年を間違いなく仕留められるはずだった。
しかし、
「……砕けろ!」
大怪我をしているとは思えない、ジェネラルの叫びに近い声が響き渡った。
次の瞬間、メディアの剣が砕けた。
ジェネラルに向かって落ちて来る細かい欠片が、彼の頬を小さく傷つける。
目の前で起きた現象に、メディアの瞳が見開かれた。驚きが怒りの感情を塗り替えたのだ。
砕けたのは、メディアの剣だけではなかった。
とっさの事で、ジェネラルの力が他の部分にまで影響を及ぼしたのだろう。部屋に飾ってある様々な調度品、パニックに陥っている兵士たちの剣、半開きになっていた窓も同時に砕ける。
しかしメディアは影に襲われていた兵士たちのように取り乱す事なく、すぐに冷静さを取り戻すと、役立たずとなった剣を瞬時に捨てる。そして、隠し持っていたナイフを取り出し、ジェネラルに切りかかった。
ジェネラルが只者ではない事に気づき、いち早く排除すべき対象と認識したのだ。
ただよく見ればメディアの瞳に、未知なる力への恐怖が隠れている事に気づいただろう。
しかしナイフは空を切った。
間一髪、ベランダの方に転がってナイフを避けたジェネラルは、激痛に顔を歪ませながらも、手すりにつかまりながら立ち上がった。
彼が転がった床には、太く赤い筋が描かれている。
血を流し過ぎ、朦朧とする意識の中、魔王は部屋の中にいるミディに視線をやる。
ジェネラルに誘われ、立たされていたミディが、そのままの恰好で魔王を見ていた。
悔しさに、胸が一杯になる。
“ミディ……ごめん……。きっと…きっと、助けるから!”
唇をきつくかみ、心の中でミディに語りかけると、ジェネラルは力を振り絞り、バルコニーの柵に脚をかけた。
そして、
「何をするつもりだ!?」
メディアの驚きの声が聞こえるや否や、少年の体は宙に舞い、闇の広がる地上へと落ちていった。
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