第100話 報告
「あんな所で、ジェネラルと再会するとは思わなかったぜ」
「全く、ほんとヤバかったな、ジェネラル」
「はい……、本当にありがとうございます……」
ジェネラルは、目の前で彼を心配そうに見るアクノリッジとシンクに頭を下げた。
今、ジェネラルがいるのは、エルザ城ではない。
数か月前に訪問しドラゴンを襲撃させた、モジュール家の城だ。
ドラゴンによって破壊された玄関は綺麗に修復されており、何もかもが元通りに戻っている。
三人は、アクノリッジの秘密の部屋にいた。
現在、ジェネラルの手配書が至る所に配られている為、モジュール家の城内ですら、表立って彼の姿を晒すわけにはいかない。
万が一外に漏れた場合、モジュール家と言えども、エルザ王国への謀反ととられ、言い逃れは出来ないだろう。
この国で唯一の味方である二人を前に、魔王の表情が少し緩む。安心からだろう。
背中も含め、メディアから受けた傷は殆ど治癒出来た。だがよく見れば、少年らしからぬ大きな傷跡が残っているのがまだ分かる。
服に覆われた傷跡に手を触れる度、あの時の事を思い出す。
光なく立ち尽くしたミディの姿を。
そして彼女を置いて逃げる事しか出来なかった、悔しさを。
あの騒ぎから、もうすでに1週間が経とうとしていた。
* * *
あの日、シンクはミディに会うため、エルザ城を訪れていた。
表向きは、結婚の祝福と祝いの品を届ける為、裏では城に潜入し、できる限り情報を集めようとしていたのだ。
本来は、当主である父親が出向くのが筋ではあるが、メディアとの結婚によってエルザ王家との繋がりを絶たれたことに腹を立て、代わりにシンクに向かわせたのである。
エルザ城で少しでも情報収集を望んでいた二人にとって、父親の命令は渡りに船だった。
幼馴染であるシンクは、普段ならほぼ無条件でミディや王に会う事が出来る。
しかし今回は、現在王の代理として統治権を握っているメディアによって、エルザ王の見舞いもミディに会う許可も貰えなかったのだ。
騒ぎが起こったあの時間も、少しでも何か手がかりを得られないかと、シンクは城内を散策していた。
そして突然のこの騒ぎ。気になり、外に出てきた所、ジェネラルとぶつかったわけである。
再会したジェネラルは、大怪我を負って血まみれだった。さらに自分を見て気絶。
シンクの焦りも、相当のものだったに違いない。何とかジェネラルを背負うと、モジュール家の馬車に彼を匿ったのだ。
そして次の日、モジュール家に戻るシンクと共に、城から脱出したのである。
ジェネラルはモジュール家に戻る馬車の中で、意識を取り戻した。
そこからずっと治癒魔法で自らの体を十分に癒し、今に至る。
肩の傷を押さえ苦しそうに俯くジェネラルに、シンクが心配そうな表情で事の発端について尋ねた。
「ところでジェネラル、何であんな血まみれで逃げてたんだ? ミディ姉との旅はどうなったんだよ? ミディ姉はいきなり城に戻って結婚を発表するし、お前の事心配してたんだぜ?」
「それが……、ミディが……、ミディが、大変なんです!!」
「ミディが大変? おい、どういうことだよ!」
ジェネラルの口から発された只ならぬ言葉に、アクノリッジが身を乗り出す。
どこから話せばいいのか迷いながら、ジェネラルはミディと別れた時のことから、ぽつりぽつりと語りだした。
二人とも、ジェネラルの言葉を聞き逃さないよう、じっと耳を傾けている。
話すが進むにつれ、二人の表情が怒りに満ちたものへと変わっていく。
「あの野郎……。ミディに何をしやがった……」
全てを話しが終わると、アクノリッジは感情に任せ、力いっぱいテーブルを叩いた。茶器が音を立てて倒れ、テーブルの上に冷めた茶色の液体が広がる。
シンクも同じ思いなのだろう。口にはしないが、握り締めた拳が震えている。
「僕はあの時、逃げる事しか出来なかった……。ミディを助ける事が出来なかった……。お二人とも……、すみません……」
悔しさのあまり、語尾が小さなものになる。
二人の顔を見れないとばかりに、左手で自らの両目を覆う。覆われていない口元は、唇に傷が付きそうなくらいきつく噛んでいた。
ジェネラルが感じている後悔と悔しさは、目の前の二人も理解できる。
アクノリッジはジェネラルの髪の毛をくしゃっと撫でた。
「お前のせいじゃねえよ。むしろお前がいなけりゃ、この事が明るみに出ることはなかったしな。感謝してるぜ。ほんと……、お前が死ななくて良かった」
俯く少年の頭を軽く叩くと、安堵の表情を浮かべ彼を慰めた。しかし、ジェネラルは納得していない様子で、首を横に振る。
この二人が許しても、自分自身が許せなのだろう。
アクノリッジは深く椅子に掛けると上を向き、深く息を吐いた。
「多分、ミディはメディアによって、自分の意思とは関係なく連れ戻されたんだろうな。城に戻ると決めたとしても、ジェネラルに何の説明もなく勝手に町を出るなんて、あいつの性格から考えるとありえねえよ」
「そうだよな。ミディ姉の事だ。ジェネラルも一緒に城に連れて行ってもおかしくねえくらいだし」
「……そう……ですよね? やっぱり、そうですよね!」
ジェネラルの表情が少し明るくなった。ミディが自分を軽く見ていたわけではない事に、ほっとしたのだ。
と同時に何故、彼女に不測の事態が降りかかった事を想定出来なかったのかと、自分を恥じた。
別れの一件でのモヤモヤは晴れたが、全体的には全く状況は変わっていない事を思い出し、ジェネラルはアクノリッジの言葉に耳を傾ける。
「それにしても、あのミディが、ジェネラルが襲われてるのを見て何もしなかったなんてな……」
ミディが人形のように、意志を持たずに座っていた事について考えているようだ。
普通だったらありえねえと、アクノリッジが首を振る。
「……多分、メディアがミディの動きを封じたんだろう。ジェネラル、何かミディを見て気づいたことはなかったか?」
「気づいた点……、そう言えば……」
魔王の脳裏に、ミディの腕に付いていた無数の赤い斑点が浮かんだ。
確か、旅をしている時には、あんなものは見られなかったはずだ。
その事を二人に告げると、ジェネラルの最後の言葉も聞かず、シンクが叫んだ。
「兄い、幻花だ!! 間違いねえよ!!」
「俺も同じことを思ってた……。恐らくボロアの葉だ……、くそっ!! メディアの野郎、よりにもよってあんなものをミディに……」
シンクとアクノリッジの表情が、非常に厳しい。只ならぬ二人の様子に、ジェネラルが恐る恐る、自分の知らない「幻花」という単語について問うた。
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