第89話 手紙

 ミディ達が、モジュール家を去って数か月後のある日。

 アクノリッジはいつものように、研究に精を出していた。


 この青年をよく知る者なら、以前の彼と雰囲気が変わったことが分かっただろう。

 研究にのめりこむ真剣な表情の中に、以前とは違い晴れやかな気持ちがにじみ出ていることに。


 モジュール家は、変わりつつあった。


 アクノリッジは、あのドラゴン事件から家内での演技を辞めた。そして何故、自分が演技をし続け、シンクと対立していたのかの理由を公にしたのだ。


 まだ全ての混乱の火種は消せていないが、シンクとは公然と会話することが出来るようになった。


 それだけでも、大きな一歩だ。


「兄い、エルザ城から手紙が届いているぜ」


 ノックもせずに入ってきたのは、異母弟のシンクだ。

 言葉通り少年の手には、当主ダンプヘッター宛に書かれた手紙が握られている。


 現在、二人の父親であるダンプヘッターは不在。

 その為、当主宛に届いた手紙や連絡は、全てアクノリッジが管理している。


 まあアクノリッジはそのうち、その管理をシンクに全て丸投げしようと考えているのだが……。


「おお、ありがとな」


 軽い言葉で、アクノリッジはシンクから手紙を受け取った。細いナイフで無造作に封を切ると、手紙の文字を目で追った。


 手紙を読み進める兄の手が、細かく震えだした事にシンクは気づいた。


「……兄い、どうした? 何かあったのか?」


 アクノリッジは、厳しい表情でシンクに、先ほどまで読んでいた手紙を渡した。


 いつもと違う兄の様子に、怪訝そうにしながら、差し出された手紙を受け取ると、美しい筆跡で書かれたそれに目を通した。


 読み進めるにつれて、シンクの表情も硬くなっていく。

 そして読み終えると、手紙をアクノリッジに突きつけた。


「これは……、一体どういう事だよ!」


 アクノリッジは黙ってシンクから手紙を受け取ると、黙って、テーブルの上に置いた。

 強く握ったのだろう。手紙には相応しくない、大きな皺がついている。


 シンクは怒りの形相で、アクノリッジの前に立ち、彼の腕を掴んだ。


「兄い! ミディ姉は、この事に納得してんのかよ!!」


 兄の腕を掴み、感情のまま揺するが、


「知るかよ! そんなこと!!」


 アクノリッジは勢いに任せ、シンクの手を振り払った。

 シンクの体制が崩れ、数歩後ろに下がる。


 感情を乱し、弟に当たってしまったことに、少し気まずそうにアクノリッジは顔を伏せた。1言、詫びる。


 2人の視線が、手紙に向けられた。


「シンク」


 兄に呼ばれ、シンクが視線を向ける。

 シンクは、黙って頷くと、急いで部屋を出て行った。


 一人、アクノリッジが残った。


「メディアめ…、何を考えてやがる…」


 再び、テーブルの上に置かれた手紙を手に取り、そこに書かれた内容を読み返すと、小さく呟いた。

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