第88話 離別

 ミディと別れ、宿に戻ったジェネラルは、窓からぼんやりと外を眺めていた。 

 先ほどの光景が、目の前に浮かぶ。


“あのメディアっていう人…、ミディを連れ戻しに来た城の関係者だっけ……”


 青年の名前は、モジュール家でちらっと聞いている。


 アクノリッジたちの会話から、ミディを追っている城関係者である事は安易に想像出来た。


 それ以上青年について何も知らないが、彼が身にまとっている服装や、時折見せた鋭い視線などを思い出すと、只者ではない気がする。

 

“とうとう見つかってしまったけど…、ミディは城に戻るのかな…?”


 今、ジェネラルが一番気にしているのは、その事だった。


 もし逃げるつもりなら、メディアの誘いなど乗らず、さっさと魔法で逃げ出しているだろう。


 しかし、ミディはメディアと共に行ってしまった。

 そこがジェネラルには、分からなかった。


“それにしても……、あの時のミディの様子、少しおかしかったな”


 敵を目の前にしたかのような、厳しい視線。

 いくら自分を連れ戻しに来たからといって、あそこまで警戒するだろうか。


 ミディは強いし、自分も側にいるのだ。逃げようと思えばいくらでも方法はあるというのに。


 あの二人の間には、何かあると、ジェネラルは睨んだ。


 そこまで考え、心の奥にある何かを吐き出すかのように、深くため息をついた。

 今まで、無意識のうちに避けていた疑問が、むくむく頭がもたげてくる。

 

“もしもミディが城に戻ることになったら…。もうこの旅は、終わりか……。早く魔界に帰ることを望んでいたけど、何でこんな気持ちになるんだろう…”

 

 以前のジェネラルだったら、ミディが見つかって城に戻るとなったら、喜んでいただろう。


 だが、今は違う。鳩尾に、何か重いものが沈んでいるのが感じられる。

 考えれば考える程、その錘は重くなっていく。


 気持ちの正体を、本当は分かっていた。

 ただ、認めたくはなかった。 


“きっと、この旅が終わって欲しくないんだ。色々あったけど、楽しかったんだ……”


 今までの出来事を思い出し、ジェネラルの表情がふっと緩んだ。

 抱え込んでいた暗い気持ちが、ふっと軽くなった。


 無理やり始まった旅だったが、いつの間にかジェネラル自身も楽しんでいたのだ。それを認めると、ミディの戦略にはまった気がして、少し悔しく、気が付かない振りをしていたのだ。


 だが、


“僕だって、ずっと魔界を留守にしているわけにはいかない。そしてミディだって……。いつかはこの旅が終わる日が来るんだ”


 そう思い、そっと瞳を伏せる。

 しかし今はその事に関して、深く考えないようにした。


 ジェネラルは窓際から離れると、ベッドに寝転んだ。

 一つ欠伸をすると、瞳を閉じ、ミディの帰りを待った。



*  *  *



 ドアをノックする音が、ジェネラルを夢の世界から現実の世界に連れ戻した。

 少年の体が、ベッドから飛び上がると、急いでドアの方へ向かう。


 そして、


「お帰り~、ミ……」


 そう言ってドアを開けたジェネラルだったが、目の前にいる人物を見て、その後に続くはずだった王女の名を飲みこんだ。


 そこには、中年ぐらいの兵士が一人、立っていた。

 ジェネラルを見、おや?と意外な表情を浮かべている。


 予想外の人物が出てきたので、驚いたのだろう。

 

「君が、ミディ王女と旅をしていた少年かい?」


「はっ、はい…、そうですけど……」


 とりあえず頷くジェネラル。

 彼の怪訝そうな様子に、兵士は安心させるように笑みを浮かべた。


「メディア様から頼まれてね。これを渡すようにって」


 兵士が差し出したのは、何か重いものが入った皮袋だった。

 受け取り、中を覗くとそこには、


「こっ、この大金は……一体何ですか?」


 慌ててジェネラルが尋ねる。


 袋の中に入っていたのは、プロトコルでなら一年間は遊んで暮らせるだろう金貨の山だった。 


「こんな大金、頂く覚えはありませんけど!」


 いきなり大金を渡され、返そうと兵士に袋を差し出すジェネラル。

 しかし、兵士は首を横に振りながら、手のひらで袋を押し戻す。


「いやいや、それはミディ様に付き合わせた謝罪の金だから、遠慮なく受け取りなさい」


「えっ?」


 兵士の言葉に、ジェネラルの目が点になった。

 少年の反応に、少し不憫な表情を向けながら、兵士が腰を落としてジェネラルと視線と同じにする。

 

「君は、ミディ王女に無理やり連れまわされていたんだろう? その謝罪と礼が、このお金なんだよ。君はどこに住んでいるのかな? 家が遠くなら、無事送り届けるようにも言われているし、君のご両親にもお詫びをしないとね」


「えっ? 家に送るって事は、ミディ…王女は……」


「メディア様とご一緒に、エルザ城へ戻られたよ」


“ミディが、城に戻った……?”


 衝撃が、全身を駆け巡った。

 心臓が大きく鼓動を打っているのが、感じられる。


 いつかは終わる旅だった。しかし終わりは、突然すぎた。

 からからに渇いたの中を湿らせる事もせず、少し震える声でジェネラルは尋ねた。


「ミディ王女は、もうこの町を……」


「うん、もう出たようだね。何せここだけの話、エルザ王が病に伏せられているからね。そういう事情もあって、急いで戻られたよ」


 彼の心境を察したのか、兵士が同情した様子で話しかける。


「まあ君も、大変だったね。ミディ様の我儘に付き合わされて。あの方の我儘は、城でも頭を悩ませているって話だから」


“ミディの……我儘………?”


 兵士の言葉が、頭の中で反復する。

 急に息苦しさを覚え、ジェネラルは胸元を押さえた。


 兵士は、ジェネラルの変化に気付かず、彼の顔を覗き込んだ。


「ところで、君の住んでいる場所はどこだい? 送っていくよ?」


 しかしジェネラルは、彼の申し出を断った。

 胸元を押さえながら、首を振る。


「いえ、結構です……。一人で帰れますから……」


「そうかい? もし気が変わったら、この町の役場に来るんだよ」


 そう言い残すと、兵士は去っていった。


 部屋には、ジェネラルだけが残された。

 手には、ずっしりと重い金貨の入った袋がある。


 一年間、遊んで暮らせる金。

 それがジェネラルとミディが一緒に過ごした時間の――――価値。


 胸に、むかむかしたものがこみ上げて来る。

 ミディの父親が病気なのだ。その為に帰ったのなら、仕方ないではないかと思うが、この気持ちは治まらない。


“結局、僕は……ミディにとって、別れを告げる価値もない……、その程度にしか思われてなかったんだ……!”


 気持ちの整理が付かないまま、ジェネラルは金貨の入った袋を、ベッドに叩き付けた。

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