第87話 迎え

 ミディはメディアに連れられ、近くの店に入った。


 ジェネラルはこの場にはいない。

 一緒について行きたがっていたジェネラルだったが、二人で話したいというメディアの希望により宿に戻らせたのだ。


 ジェネラルを、この男に近づけたくはない。

 ミディもそう思っていたので、不本意ながらもメディアの希望を叶えたのである。


 女性が、テーブルに注文した飲み物を持ってきた。メディアが女性に笑いかけ、軽く礼を言う。


 美しすぎるミディの笑顔とは違い、柔らかく、どこか相手が信用してしまいそうな安心感がある。もちろん女性から見て、非常に魅力的な笑顔だ。


 女性は一つ礼をすると、少し頬を赤く染めてその場を去っていった。


 どうぞ、といった感じで青年が飲み物を勧めてきたが、ミディはそれに手を付けることなく、話の口火を切った。


「あなたも大変ね。父の相談役としての地位にいながら、私を探すなどという雑用を押し付けられて。よく私を見つけたわね」


「これも仕事のうちですよ。あなたを止められるのは、私ぐらいですから」


 彼女の皮肉を含んだ問いを物ともせず、ディアが笑いを浮かべて答える。

 全く効いていないようだ。


 メディアは飲み物を口にすると、彼女を見つけた経緯を語り出した。


「パーパスの露店で、顔の思い出せない女性に鎧を売ったという話が聞けましてね。そのタイプは、1点しか作られていないと聞いて、その鎧の目撃情報を辿ってきたのですよ」

 

 ミディの顔だけでは魔法がかかっているため、探す事は出来ない。なので、身に着けている鎧を目印に、探していたのだという。


 確かに、1点物の鎧を目印にというのは名案ではあるが、それだけを頼りに探すなど、どちらにしても大変だった事は確かだ。

 その目撃情報を集め、ミディにたどり着いた事は、メディアの情報網の広さを暗に示している。


 しかしミディは相槌を打っただけで、特に驚いた様子はない。

 彼がいつか自分を見つけ出すことは、予想範囲内の事だったのだろう。


「それにしても、時々二人で旅をしているという情報は得ていましたが…。あなたが少年と旅をしているなど、思ってもいませんでしたよ。あの少年は、一体?」


 あの少年、もちろんジェネラルの事だ。

 メディアの問いに頬杖をつき、王女として有るまじき体制で答える。


「あなた、私が一体どういう理由で、城を飛び出したのか知らないのかしら?」


「知っていますよ。魔王に会いに行ったのでしょう?」


 少し肩を竦め、馬鹿にしているかのような軽い声の調子で、メディアが返す。

 本気にしていないのが、態度と声から伺えた。


 しかし、


「その魔王が、彼よ」


 頬杖を止め、真っ直ぐメディアを見据えるミディ。

 そのまなざしから、嘘は微塵も感じらない。

 彼女の発言に、笑みを浮かべたメディアの表情が、一瞬素に戻った。


 感情を感じさせない、冷たい表情。

 自らの考えを外に出さないようにする時、彼がこのような表情になる事を、ミディは知っている。


「魔界を統べる者―――魔王ジェネラルが、あの少年よ。私が魔界から連れてきたの」


「……これはこれは…、驚きですね。……それが、本当の事ならね」


「別にあなたに信じて貰おうなんて、欠片も思っていないわ」


 メディアの皮肉を、ミディは鼻で笑って返した。

 

 誰の目から見ても、二人の仲が最悪なのは分かった。

 互いの嫌悪を隠そうとせず、皮肉を言い合っているのだ。2人の仲は修復不可能、末期状態だと思って間違いないだろう。


 メディアは少し身を乗り出すと、先ほどとは違い、小さな声で話しかけた。


「エルザ王が、病に伏せております。王妃も、エルザ王とミディローズ様の事を心配されるあまり体調を崩され、今、ご静養されているのです」


 ミディの瞳が、大きく見開かれた。

 親の病に衝撃を受けている事は、誰の目から見ても明らかだ。


 しかし飲み物に口を付け、深呼吸すると、探るようにメディアを見た。


「……私を連れ帰る為の、嘘かしら? 色々な町に行ったけれど、そんな噂、どこにも流れていなかったわよ?」


「私達が必死で隠しているのです。王が病に倒れたなど、あなた様が不在の今、公に出来る事ではない。そのような事も想像出来ないのですか? ミディローズ様」


 ミディの頬が、怒りの為に朱に染まった。

 唇を噛み、今にも飛び出さんとしている呪文を堪えている。


 メディアは勝ち誇ったように、唇の端を持ち上げた。

 ミディが怒りに燃えつつも、何も出来ない様子に満足しているようだ。


 そこには先ほど店の女性に向けた、人を信頼させる暖かさはない。


「どう言った理由で、このような下らない旅を始めたのかは存じ上げませぬが、即刻、城へお戻り下さい」


「……まだ、戻るわけにはいかないわ」


「まだそのような事を。あなたは我々の言う事を聞き、役目を果たしていればよいのです。それがあなたの、王女としての義務です」


「その言葉は、聞き飽きたわ」


「聞き飽きる程言っても、あなた様には分かって頂けないようですがね」


「……メディア……あなたね……!!」


 堪忍袋の緒が切れたようだ。

 ミディは、テーブルを力いっぱい叩くと、勢いよく立ち上がった。


 はずだった。


「……なっ…、何……」


 ミディは、額を押さえテーブルに突っ伏した。

 その衝撃で、目の前にあったカップが倒れ、熱い液体が、テーブルの上に流れ出した。しかし、今の彼女に、それを構う余裕はない。


 目の前の景色が回り耳元では低い唸り音が、鳴り続けている。

 喉元まで上がってきた熱い物を堪えながら、ミディは必死で顔を上げ、メディアを見た。


 口元には、先程と変わらず、勝利を確信する笑みが浮かんでいる。

 しかし、苦しむミディに向けた視線は、蔑みのそれであった。


 彼の前に転がっているコップを見、ミディは自分の身に何が起こったのかを悟った。悔しさで、無意識のうちにテーブルに爪を立てる。


“飲み物の中に薬を……”


 しかしそれを口にする事は、もう出来ない。

 痺れが出てきた体は、もうミディの言う事を聞こうとはしなかった。


 四大精霊―水を司るステータスの癒しを乞うにも、意識が朦朧として、何をどう願ったらよいのか、考えが纏まらない。


 メディアが、席を立った。


 そしてミディの隣に立つと、苦しむ彼女の耳元に顔を寄せる。

 傍目からは、苦しむ女性を青年が介抱しているようにしか見えないだろう。


「これからあなたには城に戻って頂き、王女としての義務を果たして頂きますよ。今度こそ……」


 しかし、彼の言葉はミディに届いていなかった。


 遠ざかる意識の中で、最後にミディが見たもの。

 それは。


“ミディ――――”


 笑顔と共に彼女の名を呼ぶ、優しい魔王の姿だった。

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