第58話 受付2

「皆、聞いたか!? 俺たちが変人だとよ!! だが、果たしてそれは本当か!? 男が求めている物は何だ!!」


『スリルとロマンだ!!』


 間髪をいれず、野次馬たち―主に男たちが叫んだ。

 彼らの答えに満足した様子で、瞳を閉じ、うなずくブライト。


「そうだ!! 喰うか喰われるか……殺るか殺られるか……。極限状態で戦い勝利を目指す…。そして勝利を手にしたものには、最高の富と名誉が与えられる!! これこそ、男のロマンだ!! これを男のロマンと言わずして、なんと言う!!!」


『そうだー!! この大会こそ、男のロマンだ!!!』


「皆!! この大会で、思い存分、俺たちの力を見せ付けてやろうじゃないか!! 俺たちは、ここにいる!!! ここに存在してるのだと!!! 燃え滾る熱き血を、目覚めさせるのだあああああああああ!!!!」


『うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』


 練習したとしか思えないタイミングで、男たちが雄たけびと拍手の嵐が襲った。

 中には、感動の涙らしきものを流している男たちもいる。


 会場内の気温が、一気に上昇した。むさ苦しいことこの上ない。


 ジェネラルはジェネラルで、言っている内容が理解できず、ぽかんと成り行きを見守っていた。話はもはや、彼の意図関係なしに進んでいっている。


 話に全くついてこれていない少年を見、ブライトは葉巻が似合いそうな笑顔でジェネラルの肩を叩くと、再び男たちに呼びかけた。


「確かに、今までこいつみたいな歳で出た奴はいない…。だが、歳がなんだ!! この大会に出たい…、俺たちと共にロマンを求める…。もうこの時点で、立派な男じゃないのか!!」


「いや…、僕は別にロマンを求めて出場するわけじゃ…」


 控えめに突っ込みを入れたが、ヒートアップしたブライトの耳に、彼の言葉が届くはずもない。


「立派な男なら、この大会に出る資格はある!! そう思わないか、同志よ!!」


「そうだ!!!」


「参加を認めてやれ、チューン!!」


「男がロマンを求めて、何が悪い!!」


 野次馬たちが次々と、受付嬢チューンに非難の声を浴びせた。

 さらに、会場内の気温が上昇する。

 チューンも、あまりのむさ苦しさに耐えかねたのだろう。とうとう…、


「分かった!! 分かったわ!! この子が参加するっていうなら、認めます!!」


 悲鳴に近い声を上げ、チューンが降参した。

 ため息をつき、ひっくり返った椅子を直すと、受付カウンターへ戻る。そして机の上に申し込み用紙を広げた。


「よかったな! 坊主!! 早く申し込んで、試合会場へこいよ! 同志が増えて、俺たちも嬉しいぜ!!」


 豪快な笑い声を上げ、去っていくブライトとその他同志たちの後姿を、半分死んだような目で見送りながら、ジェネラルは思った。


“そっかあ……、あれが店員さんが言ってた『あれな人たち』なんだ……”


 確かに、口では表現できない雰囲気だ。

 店員がどう説明しようか迷ったのも、納得行く。


 彼らのむさくるしさによって上がった気温は、皆が去った為にいつもの温度に戻っている。

 場所の空気や温度すらも変えてしまう『あれな人たち』。


 ジェネラルは、改めて恐ろしさを感じた。


「さあ、参加するなら、早く書いて頂戴。もう、締め切るわよ」


 チューンの疲れた声を聞き、ジェネラルは急いでカウンターへ向かった。

 受付嬢の額には瓶がぶつかった跡が、赤くはっきりと残っている。痛そうだ。


 ペンを受け取り、すらすらっと必要事項を記入していくジェネラル。

 チューンが頬杖を付きながらジェネラルに尋ねる。


「一応聞いておくけど……。あなたは何故、この大会に出るの? まさか君も、男のロマンを求めてとか、言わないわよね……?」


「そんなもの、求めてないですよ……」


 苦笑しながら、ジェネラルは簡単に事のいきさつを話した。

 彼の話を聞き、チューンの表情が明るいものに変わった。


「はあ~、よかったわ、まともな理由で。誕生日プレゼントのお金を稼ぐためなんて、素敵じゃない」


 どうやらジェネラルは周りと違うのだと、理解してもらえたらしい。ほっとする魔王。

と、ジェネラルのペンが止まった。


“あれ? 名前の隣に空白があるけど……。これ一体何だろう?”


 名前の欄の隣に大きくスペースがある。

 そのスペースの左上に小さく『異名』という文字が書いてある。


 少年の手が止まった理由を悟ったのだろう。チューンが説明する。


「ああ、それね。まあ、あだ名ってところかしら? 『疾風の~』とか『鷹の目~』とかね。そう書く事で、自分をアピールするのよ。ほら、この街の男たちって、自己主張大好きだからね。異名のほとんどが自称だけどさ」


 チューンの言葉には、参加する男たちを馬鹿にする気持ちがありありと出ている。


“あだ名って言われても……。別に……”


 さらに困って、整った顔を少し歪ませ悩んでいる少年を見、チューンは笑って説明を付け加えた。


「まあ、別に書かなくてもいいのよ。あ、もしどこかの店で働いているなら、宣伝の為に職業や店名を書いてくれてもいいしね。『○○パン屋の××』みたいな感じでね」


“ああ、職業か……”


 ジェネラルは少し考えると、再びペンを動かした。


 申し込み用紙の記入が、完了した。


 どこか記入ミスがないか、少し真剣な目でチューンがチェックする。と、とある項目に視線を移したとき、彼女の瞳が大きく見開かれた。


「えっと…、これって本当のこれでいいの…?」


 戸惑ったチューンの声に、慌てて確認するジェネラル。が、


「これでいいですよ。間違ってません」


 特に間違った所はなかったので、にっこりと笑って答えを返した。


 そんな彼と申し込み用紙を見比べ、チューンは本当に疲れたように、再びため息をついて言った。


「まともな子かと思ったけど……、君も相当変わった人だわ……」


 こうして、ジェネラルは『同志たち』の集まる試合会場へと、歩みを進めた。

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