第59話 開始
目の前の光景を見、魔王は後悔していた。
ただただ物凄く、後悔していた。
彼は今、会場内にいる。そこには受付で見た以上の男たちが、所狭しとひしめき合っていた。
会場の周りには、少し高いところに観戦席が設けられており、たくさんの人々が、出場者たちを見下ろしていた。
家族や知り合いたちが、出場者の名前を呼び、腕がちぎれんばかりに手を振っているのが見られる。
この様子だけなら、別に魔界でやっている『大かくれんぼ大会』とさして変わらない。が、違うのはここからである。
「YEAHAAAAA!!! 今年もやって来たな!! スリルと欲望に飢えた野獣どもよおおおおお!!!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
高い場所で大声を張り上げる、金ぴかな服装の司会の言葉に、低い男たちの雄たけびと、天に向かって突き出された拳が答えた。
会場内の気温とむさ苦しさが5ポイント程上がり、秩序とモラルと場の美しさが20ポイント程下がった。
とにかく熱すぎる。
熱気むんむん、テンション最高潮な出場者たちの中で、ただ一人、ジェネラルだけが、これから先、何が起こるのかに物凄い不安を覚えながら、成り行きを見守っていた。
彼の中ではひたすら、
“どうしよう……どうしよう……どうしよう……どうしよう……”
という後悔と戸惑いの言葉が回っている。
全く初めての状況に、どう対処したらいいのか分からないのだろう。
ミディとアクノリッジの存在で、かなり精神的に強くなったと自負していた魔王だが、それ以上にディープな世界がある事を知り、かなりの衝撃を受けていた。
先ほどまで持っていた自信は、欠片も分からないくらいに粉々に砕かれている。
そんな少年の思いも知らず、司会者は、下手したらひっくり返りそうなオーバーアクションで、手を振り足を上げながら、皆に呼びかけつづけている。
「ミディローズ杯!! 今年もこの大会がやってきたぜ!!! 名声と栄光を求め……、そして最高のスリルを求め……。この戦いに勝利した者には、賞金と……、なんと、あのエルザの華!!宝石!! われらの誇り!! ミディローズ・エルザ様との謁見が許されるのだあああああああ!!!」
『うお――――——―——!!!!』
「賞金が欲しいかああああああああ!!!」
『うお――――—――――———!!!!』
「ミディ様に、会いたいかあああああああ!!!」
『うお――――—――――—――――—――――—――――—!!!!』
「ミディ様に、会いたいかあああああああああああああああああああっ!!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』
“ひいいいぃぃぃぃ~…”
むさくるしい男たちの雄たけびに、ジェネラルは思わず耳を塞いだ。
その時、隣からごつい腕が伸びて来て、彼の細い腕を掴んだ。
いきなり手を取られ、びくっと身を引いたジェネラルだったが、
「お前、さっきから何びくびくしてんだ? そんなんじゃ、スリルとロマンは味わえねえぜ!?」
聞き覚えのある渋いおじさん声で、自分の手を掴んでいる者の正体を知り、ほっと緊張を解いた。
先ほど受付で熱い展開を見せてくれたおじさま―ブライトである。受付での出来事を思い出し、ジェネラルは引きつった笑いを浮かべた。
「いや…、何だか凄いなあ~と……」
「お前、戦う前から負けててどうする!! この大会に出場する真の男なら、こんな事で圧倒されるな!!!」
「真の男って………」
普通の男と真の男との境界線がどの辺なのだろうか。
少し気になったが、また熱く語られそうなので、ジェネラルはそれ以上の言葉を飲み込んだ。
再び前の方では、司会者が絶叫を上げ、周りの男たちの雄たけびが上がった。
横を見ると、ブライトも周りに負けず、熱い声を張り上げている。額にはキラリと汗が光り、口元には白く輝く歯がちらりと見えている。
ブライトはさわやか笑顔を浮かべながら、ジェネラルの方を見た。素敵笑顔を向けられ、嫌な予感がした。逃げようかと思ったが、周りの人間が邪魔で、動くことが出来ない。
そんな少年の心境も知らず、ブライトが再びジェネラルの腕を掴んだ。
「ほら、お前も叫んでみろ! 恐怖なんか、すぐに吹っ飛ぶからさ!!」
「いっ……ぼっ、僕は……」
「叫んで見ろって!!」
「あっ………ハイ………」
素敵笑顔20%増で言われ、とうとうジェネラルは折れた。
“何かこの強引さ……ミディと似てるなあ…”
似ても似つかない2人ではあるが、どこか重ねてみてしまう。まあ彼女の場合は、力で押さえつけるのだが。
少年の承諾を待っていたかのように、周りが司会者の声に沸いた。
『ミディ様に会いたいかああああああああああああ!!!!』
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
「……うっ……うおおおおおぉぉぉぉ~…」
がけっぷちから飛び降りる勢いで、少年は声を張り上げた。まだ恥ずかしさを捨てきれていないのか、少し俯き加減で両目をぎゅっと閉じている。
「いいぞいいぞ、その調子だ! お前、体の割にはでかい声出るなあ! やれば出来るじゃないか!!」
ジェネラルの叫び声を、ブライトが絶賛する。が、
“そりゃ……、毎日ミディに鍛えられてますから……”
毎朝行われる発声練習を思い出し、当の本人は複雑な心境で周りに合わせて叫び声を上げた。
普通は毎日訓練している事が実を結ぶと嬉しいものだが、今修行の成果を褒められても、何一つ嬉しくないのがミディの修行の不思議なところである。
この謎な雄たけび合戦は、この後30分程続いた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます