第60話 開始2

 この大会は、障害物競走と鬼ごっこを混ぜたようなものである。


 追いかけてくる鬼や仕掛けられた罠を避け、ここから街の中へ出て、ポイント地点を通り、再びこの会場に戻ってくるのだ。


 参加者たちには一人一人、ミディ特製の魔法の玉が渡される。


 その玉が、鬼に奪われる、又は試合を放棄すると宣言する、気を失うなど試合続行不可になった時に、玉の力によって強制的に会場へ転送される。


 それはどういう仕組みなのか分からないが、渡された者の試合参加意思があるうちは手放すことは出来ないので、玉だけどこかに隠して……というセコ技は使えないようにされている。


 さすがミディ、その辺は抜かりない。


 ついでにこの玉、安全装置となっており、これを持っていればどのような障害が襲っても、大きな怪我や死に至る事はないそうだ。


 参加者を追いかける鬼役には、参加者が現在どの位置にいるかが分かる魔法の地図が与えられている。


 敵は鬼だけではなく、町の様々な場所に仕掛けられた魔法のトラップが、参加者たちの行方を阻む。


 自分たちの居場所を知っている敵。


 そして、様々なところに仕掛けられている罠。


 それら試練を掻い潜り、男たちは戦い、走り続ける。


 それがこの大会の見所……ならしい。


”ミディ……。四大精霊の力を、こんな大会に使うなんて……。四大精霊は、怒ったりしないのかな……?”


 渡された魔法の玉を見ながら、ジェネラルは心底呆れていた。


 玉からは、世界を変える事も出来る大いなる存在の力が感じられる。魔王自らが奇跡と称した四大精霊の力が、こんな娯楽に使われているのだ。

 彼が呆れるのも仕方がないだろう。


 ジェネラルはもう一度、ミディの四大精霊の力に対する無知に呆れると、魔法の玉を首にかけた。


『それじゃあ野郎ども!! 位置に着けええええええええ!!』


 声の涸れた司会者の絶叫に、男たちが我先にとスタートラインに立った。先の展開に不安を覚えながら、ジェネラルもそれに続く。


 先ほどまで、ロマンだなどと叫んでいた時とは違う、緊張した雰囲気が会場を包み込んだ。

 観客席も静かになり、スタートの合図を待っている。

 

 そして…、その時が来た!


『すたああああとおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』


 今までで一番でかい叫びが、会場内にこだました。その瞬間、


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』


 気合を込めた叫びを上げ、男たちが突っ走っていく。

 しかし体の小さいジェネラルは、周りの男たちに押され、中々前に進むことが出来ない。


 彼がようやく出発ゲートを潜り抜けたのは、男たちの姿が殆ど見えなくなってからであった。

 さっそく遅れを取ってしまったと舌打ちした時、さらに重要な事に気が付いた。


“あっ…、そういや、ポイント地点である酒場がどこにあるか、知らないや……”


 今さら準備不足だった自分を後悔しても、遅い。もう大会が始まっている以上、前に進むしかないのだ。

 

“仕方ない……。今から地図を取りに戻っても、時間ロスになるだけだ。周りの人に聞きながら行くしかない! 多分、ポイント地点周辺では……”


 どごおおおおおおおおおおおおおん………


「うわあああぁぁぁぁぁ~…」


 前方で、爆音と叫び声と共に、人が宙に舞うのが見えた。そして地面に激突する前に何かが光り、その姿が見えなくなった。

 恐らく、ミディの安全装置によって救われたのだろう。


“ああいう感じで、騒がしいと思うし……”


 再び起こった爆音に苦笑しながら、ジェネラルは首にかけた魔法の玉を握り締めて走り出した。

 


*  *  *



「あっれ~? …ここってさっきも来た場所だっけ…」


 お約束どおり、やっぱり迷ってしまったジェネラル。うーんと唸り、周りを見回している。


 迷いに迷ったジェネラルは、会場から結構離れた通りにいた。

 そこでもお祭り雰囲気は相変わらず、たくさんの人々が通りに出て、食べ物や飲み物を片手に、祭りを楽しんでいる。


 時たま、ジェネラルが首からかけている魔法の玉に気が付いた人々が、がんばれよと声をかけたり、手を振ってくれたりするのに答えながら、少年は困った表情で道なりに歩いていた。


 もちろん他の参加者の姿は、どこにも見当たらない。


「この調子じゃ、もう殆どの人が、ポイント地点に着いてるだろうなあ……。優勝……無理かも……」


 絶望が少年の心を覆う。魔法を使えばいいが、いくら周りが『あれ』な人たちであっても、魔法を使わず正々堂々と戦っているのを見ると、一人だけズルするのは何となく気が引ける。


「とりあえず……、さっき聞こえた悲鳴の方向へ行って見るか……」


 相変わらず遠方では爆音や悲鳴が続いている。

 ため息をつきつつ、ジェネラルが歩みを進めた時、地面が不自然に盛り上がっている事に気づいた。


 何だか嫌な予感が、ジェネラルの頭をよぎる。


 これ以上進むなと、何かが警告を発している。


 こういう時の彼のカンは恐ろしく当たるものだ。


“もしかして……、これって……”


 ジェネラルは、そっと地面の盛り上がりに近づくと、左手をかざした。

 自分が使う魔法とは違う、大いなる存在の力がアディズの瞳を通じて伝わってくる。 

 首にかけている魔法の玉と同じ力を感じ、ジェネラルは唾を飲み込んだ。


“これが、ミディの力で作られた罠だね……。地面に埋められているってことは、多分この上を僕が通るか踏んだら、爆発するって感じかな。とりあえず、埋まったままにしてたら、僕も他の参加者も危ないよね……”


 少年の脳内には、先ほどから聞こえてくる爆音と、空飛ぶ人の姿が思い出される。恐らく、至る所にこのミディ爆弾が埋められているのだろう。


 大怪我や死ぬことはないとはいえ、やっぱり爆発は怖いし、自分の体が自らの意志とは関係なく空を飛ぶのはご遠慮したい。


 左手をかざしたまま、ジェネラルは意識を集中させた。魔力を地中に通し、力の根源がどこにあるのかを探る。


 その時、彼の脳内に何か輝く球体が浮かんだ。


“……見つけた”


 探していたものを見つけ、ジェネラルは小さく口角を上に上げた。

 そして、地面にかざしていた左手のひらを上に向けると、魔法を正確に発動させるために、呪文というには短すぎる言葉を口にした。


「転移」 


 次の瞬間、ジェネラルの左手のひらに、ビー玉サイズの光り輝く玉が出現した。

 魔法によって地中に埋められていた爆弾を、手のひらに移動させたのだ。触れて爆発したら怖いので、手のひらから少しだけ浮かせている。


 とりあえず、爆弾を解除することが出来、ジェネラルは息を吐いた。こわばっていた肩の力も解放する。


“中に光が入っているガラス玉みたいだね。きっとこれが埋まっている地面を踏むと、ガラス玉が割れて、魔法が発動するっていう仕組みみたいだ。……ほんっと、何に四大精霊の力を使ってるんだか……”


 ジェネラルはガラス玉をのぞき込み、仕組みの分析を済ませると、ガラス玉が割れないようにしっかりと魔法を施した。そして、そっと自分のポケットの中にしまった。


 あれだけの破壊力を持つ爆弾なのだ。もしかすると何かの役に立つかもしれない。


“僕の魔法を使うのはズルしている気が引けるけど、ミディの魔法なら利用してもいいよね” 


 良い物を得たとばかりに、ジェネラルの表情が明るいものになる。


 しかし、ミディの爆弾を魔法で取り出した時点で、すでに魔法を使ってズルではないかという事実にジェネラルは気づいていなかった……。

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