第57話 受付

 異様な決意を胸に、場にやってきたジェネラルは、さっそく受付へと向かった。


 もう受付時間が終了しかけているのだろう。

 受付カウンターに並んでいるのは2,3人で、先ほどの店員が言っていた『あれな人たち』も見当たらない。

 至って普通の受付会場である。


 とりあえず、ジェネラルは受付の最後尾に並んだ。


 一番前では、長い黒髪の受付嬢が出場希望者の男性に向かって、いくつか質問をしているのが見えた。

 カウンターの上には、紙が乗っており、時折、受付嬢がそこに何かを書き込んでいる。


 参加申込書か何かなのだろう。

 時折、愛嬌のあるそばかす顔が歪んだり、かと思えば笑顔になったりと、表情豊かにコロコロ変えている。


 受付は順調に進み、ジェネラルの番が来た。が…、


「あら、ぼく。試合の観戦に来たの? なら、受付は向こうになるわよ?」


 ジェネラルを見た受付嬢の第1声が、これだった。どうやら、出場者とは思われていないらしい。


 店員の反応を思い出し、苦笑いを浮かべながら、ジェネラルは首を横に振った。


「いえ、一応僕、出場希望なんですけど……」


 少年の返事に受付嬢の茶色い瞳が、これ以上にないくらい見開かれた。

 そして、次の瞬間、


「えっ、ええええ―――——―——!!! 君みたいな超可愛い子が、出場希望なの――——――——―——!?」


 受付嬢の悲鳴に近い甲高い叫びが、会場内に響き渡った。

 何事かと、会場入りする人々がジェネラルたちを見、囁き合っている。


「こっ、声が大きいですって! それに、何で僕が参加する事に、そんな驚くんですか!!」


 変に注目を浴びている事を感じたジェネラルは、慌てて受付嬢の口を塞いだ。が、受付嬢も負けてはいない。


 ジェネラルの手を振り解くと、大きな音を立てて両手をテーブルに置くと同時に、その場から立ち上がった。

 下から上へと睨みつけてくる表情には、迫力というよりも、危機迫るものを感じる。


 長い髪の毛が、テーブルに流れ、まるで蛇がうねっているように見えるのも、そして、横にかかった髪が、女性の顔に異様な影を落としているのも、理由の一つだろう。


「君、やめといた方がいいわ……。君みたいな、将来有望株が、こんな大会に出る必要ないわ……。あなただって、命は惜しいでしょう? うふふふっ…ふふふふふっ」 


“大会以上に、あなたが怖いよ!! 店員さんが言ってた、『あれな人』ってこの人の事なの!?”


 半眼でにらみつけ、不気味な笑みを湛える受付嬢を見、ジェネラルは一歩その場から後ずさった。変な汗が、背中を伝って落ちる。


 受付嬢は、うんうんと首を縦に振った。


「ふふふっ、そうよ…。そのまま帰んなさい……。ここは、君が来る場所ではないの……ふふふっ、ふふ……」


“怖い……、本当に怖いよ……、この人……”


 あまりの不気味さに、本気で逃げ出そうと思った時、何かがジェネラルのすぐ傍を横切った。


 瞬時に身の危険を感じ、とっさに頭を庇ってその場にしゃがみ込んだ。

 次の瞬間、


 ゴンッ!!


「うがああああああ――――————!」


 重い何かがぶつかる鈍い音と、人間と言い難い叫び声が、あたりに響き渡った。


 何が起こったのかと、ジェネラル庇っていた両手をのけ、恐る恐る顔を上げた。


 目の前には先ほどの受付嬢が額を抑え、うずくまっているのが見えた。


 彼女の近くに、飲み物のビンらしきものが転がっている。

 きっとジェネラルの傍を横切った物体は、このビンなのだろう。

 それが受付嬢の額に直撃したらしい。


“うっ…、これは痛そうだ…”


 うずくまり、時折うめき声を上げている受付嬢を、同情の念を持って見つめるジェネラル。介抱のため、彼女に近づこうとした時、


「てめえ、チューン! 何、せっかくの参加希望者を断ろうとしてんだ!」


 馬鹿でかい声が、会場に響き渡った。


 そこには、灰色がかったボサボサ髪の大男が立っていた。

 その図体は、この受付会場で一番でかい。顔や体に無数の傷跡があり、歳は40歳前半ぐらいだろうか。


 体はデカいが顔の彫りが深く、『おっさん』というよりも、渋い『おじさま』という言葉がぴったりだ。


 チューンと呼ばれた受付嬢は、痛みをこらえながらゆっくりと顔を上げた。そして、憎々しげに男をにらみつけた。知り合いらしい。


「ビン投げつけるな、ブライト!! こ―――——んな超可愛い子を、あんたたち野蛮人と一緒に出せるわけねーでしょ!! それに、今までこんな小さな子が出場したことないじゃないか!!」


「あんだと!? 誰が野蛮人だ!! 歳なんて関係ねえだろう! 出たいと言ってる奴を引き止めるなんざ、お前本当に受付かよ!!」


「あたしはねえ! この子の将来を思って、止めてあげてるんだよ!! この子が、あんたらみたいにならないようにね!! 分かったか!! この図体でか野郎!!」


「あっ…、あのお~…」


 白熱する2人――チューンとブライトに、控えめにジェネラルは声をかけた。だが、当の本人たちは全く気がついていない。


 2人の言い合いを聞きつけ、何かと人が集まってくる。

 みるみるうちに、ジェネラルたちの周りを、人々が取り囲んだ。


「とにかく! あの子を試合に出すのは反対だよ! あの大会は、あんたたちみたいな変人が出てりゃいいのよ!」


 チューンがそういい切ったとき、周りの野次馬たちからブーイングが起こった。


 それを聞き、ブライトはにやりと笑った。


 ブライトは両手を広げると、野次馬たちに向かって大声で呼びかけた。

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