第49話 願い2

 王女の唇が、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「アクノリッジ、シンク。優秀なあなたたちが、何故未だに偽りを演じて生き続けているの?」


 彼女の視線が、アクノリッジ、そしてシンクへと向けられる。


 偽りを演じる、つまりお互いの仲が悪く争う事で、お互いを守っている事を指している。


 アクノリッジは目を伏せ、彼女と視線が合うのを避け、シンクは動揺しながらも、怒りと戸惑いの混じった表情でミディに反論した。


「簡単に言うなよ、ミディ姉!! 今の状況を安定させるのに、兄いがどれだけ苦労したか、ミディ姉には分かってないんだ!!」


「そうね、そうかもしれない。だけど私は2つ、あなたたちについて分かっている事がある。一つはあなたたち2人が、変化を恐れその先に行けないでいる事。そしてもう一つは……」


 ここで少し言葉を切ると、ミディは瞳を閉じて大きく息を吸った。


 そして全くぶれない、まっすぐな声で二人に思いを届ける。


「あなたたちに、今のモジュール家を変える力がもうすでにあることよ」


 静かな声だった。


 シンクは、何も言わなかった。怒りは消え、変わりに泣きそうになるのを堪えているかのように、唇を噛み、顔を歪ませていた。


 アクノリッジも、何も言わなかった。しかし、先ほどそらした瞳は今、しっかりとミディを捉えていた。


 そんな2人を見、王女は小さく微笑んだ。


「無力だった幼い時代だったら、今の状況のままで良かったかもしれない。でも今は違う。そうでしょう?」


「その為に……、ジェネラルを自分の結婚相手だと言ったり、あんな騒動を起こしたのか? ミディ」


「ええそうよ」


 ジェネラルは、じっと3人の様子を見つめていた。ミディがここで言葉を区切った時、彼は昨日の夜の事を思い出していた。


 計画の再確認が終わり、帰り際でミディの言葉を。


「私の本当の願いは、あの二人に本当の姿で生きていって欲しい、それだけなの。彼らが明るい陽の元で、笑い話す姿を見たいの。だから全てを壊す。モジュール家の権力争いも、私との結婚も、全てね」


 ミディの兄弟に対する想いは、とても強かった。


 ただの遊び相手や友達ではなく、それ以上の絆が3人を強く結び付けていた。


 その想いを感じたからこそ、ジェネラルは今回の芝居に手を貸したのである。


 過去へとさかのぼる意識を、シンクの震えた声が、現実へと戻した。


「……元はと言えば…、俺が悪いんだよ…。俺がいなければ、こんな事にもならなかったし、兄いだって、周りから冷たい目で見られる事も無なかったんだ……」


「シンク!!」


 アクノリッジの鋭い声が、少年の名を呼ぶ。


 自分の発言が兄を傷つけるものだったと思い出したシンクは、ぎゅっと唇を噛み俯いた。


 弟の様子を見、アクノリッジは額に手を当て、胸の内を吐き出すように、大きな溜息をついた。


「……そうだな、ミディ。お前の言うとおりだ。決して、今の状況に満足していたわけじゃない。だが下手に動いて、状況が悪化するのを、恐れていたのも事実だ。シンクは、何も悪くない。家に立ち向かうことなく逃げ続け、先に進む事を恐れて動けずにいた、俺のせいだ」


 額に当てられた手によって、彼の表情はよく分からなかった。

 だが、過去を思い出し、後悔しているのは安易に想像できた。


 自身を責め苦しむ2人を、ミディは何も言わずに見つめていた。


 一見、冷静に見えるが、その瞳ははっきりと彼女の気持ちを語っていた。


 ミディは後悔していた。


 自分のした事が、ただ2人にお互いの過去を思い出させ、力がなかった自身を責め、お互いの優しさがお互いを傷つけあうだけだった事実に後悔していたのだ。


 それを2人を見つめる瞳から感じ取ったジェネラルは、思わず口を開いた。


「……お二人とも、少し誤解しています」


「え?」


 今まで黙っていたジェネラルが急に発言したので、誰もが彼に注目した。


 一気に自分に視線が集中し、自分が会話に入ってよいのか少し戸惑ったが、どうしても言いたい事があったので、言葉を選びながら口を開く。


「先に進むのを恐れる事は、恥ずべき事じゃありません。誰だって変化は怖いものです。それが、過去にたくさんの苦労をしてきたお二人なら、尚更でしょう」


「……………」


「ミディも、あなたたちお二人の過去を後悔させるために、今回の計画をしたわけでは決してないんです。ミディの願いは、お二人が本当の姿で生きていくこと。だから、過去に囚われ、前に進めずにいたあなたたちの背中を押したんです。後悔と自責に満ちた過去ではなく、あなたたちが変えられるはずの未来に目を向けさせるために」

  

 言いたい事を言い切り、ジェネラルはここで言葉を切った。


 3人は、何も言わなかった。ジェネラルの発言が終わると、彼から視線をはずし、個々で考える体制に入ったからだ。


“やっぱり…、僕が口を出すべきじゃなかったかな…?”


 彼らの反応に、後悔の念が魔王の中に生まれる。しかし、どうしても言っておきたかった。


 ミディは2人と強く結びついているが、近い立場にいるが故に、口に出来ない事がある。


 2人をよく知っているからこそ、言えない言葉がある。


 ミディが2人に伝える事を躊躇った言葉を、想いを、どうしても伝えておきたかったのだ。


 あの兄弟の悩みや苦しみ、今の状況をどれだけ大変な思いで作り上げたかを知っているからこそ安易に言えない、


『本当の姿で生きていくために、一歩踏み出して欲しい』


というミディの気持ちが。


 沈黙に耐えられず、謝罪の言葉が喉元まで出かかった時、アクノリッジの体が動いた。


 今まで俯いていた顔を上げ、口を開きかけている少年に視線を向けた。


「ジェネラル…。お前の言葉には一つ、間違いがあるぞ」


「えっ?」


 思わぬ発言に、声を上げるジェネラル。


 と同時に、分かったような口を利いて生意気だと思われているのではないかと、心配になる。


 だがそれは、杞憂に過ぎなかった。

 青年の顔に、笑みが浮かぶ。


「ミディは背中を押したんじゃない。俺たちの背中を、突き飛ばしたんだ」


 予想しなかった答えに、ジェネラルはキョトンとアクノリッジを見た。


 だが、言葉を理解した瞬間、笑いがこみ上げてきた。


「兄い…、きっとミディ姉にとっては、押したっていうレベルだったんよ。ミディ姉の感覚は、俺たちと違うんだ。許してやろうぜ」


 シンクも噴出し、笑っている。

 ミディはミディで、


「ちょっと失礼じゃない! アクノリッジ、シンク!!」


と口では文句を言っているが、その言葉に怒りは見られなかった。


 そして2人の笑う顔を見ると、ミディも一緒に笑い出した。


 部屋に、4人の笑い声が響き渡った。

 笑いながら、ジェネラルはちらりとミディの横顔を見た。


 先ほどまで彼女の中を巣食っていた後悔の思いは消え、いつもと同じ、自信に満ちた強い光が溢れていた。


 安堵が胸を満たすのを感じながら、ジェネラルは皆と共に、笑い続けていた。

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