第50話 真実

「ところでミディ、あのドラゴンは何なんだよ。お前が造ったのか?」


 笑いを止めアクノリッジが尋ねた。この疑問は当たり前だろう。


 だがミディは笑いながら手を振ると、彼の問いを否定した。


「私の力で、生命を創造する事は不可能よ。そこまで、四大精霊も力を貸してはくれないわ」


「ならなんだよ、あれは…。まさか、本物とか言うんじゃねえだろうな」


「本物よ、ジェネが連れてきたの」


「はっ? ジェネラルが連れてきた…って…… どっ、どういう事だよ、ジェネラル!」


 あっさりとドラゴンの存在を肯定され、呆気にとられた表情で黒髪の少年を見るアクノリッジ。


 同じく、シンクもミディの言葉に驚きを露にしている。


 そんな2人を見、笑いをかみ殺しながら、ミディはジェネラルに視線を向けた。


 彼女の視線を受け少し困った表情を浮かべながら、ジェネラルが2人の前に立つ。


 そして少し間を取った後、口を開いた。


「ミディの作戦には、この城を襲う何かが必要でした。だからプロトコルのドラゴンにお願いして、ちょっと手伝って貰ったんです。事情を話したら、彼も快く引き受けて下さって……」


「ちょっ、ちょっと待て! 何だよ、事情を話して手伝ってもらったって! 近所の人にお願いした感じで、言うんじゃねえよ!」


 事情を話すジェネラルの言葉を、シンクの叫びに近い突っ込みが遮る。

 始めの説明の時点で、突っ込みどころ満載だ。


 ただでさえ、実在しているか分からない生物が現れて混乱しているのに、その生物にお手伝い願ったと聞いたら、誰だって突っ込まざるを得ないだろう。


「ドラゴンって言や、本当に存在しているか分からない生き物なんだぜ!? ドラゴンが何故プロトコルにいるって分かったんだ!?」


「この町に来た時から、ドラゴンの魔力を感じていたんですよね。僕もプロトコルにドラゴンがいるとは思っていませんでしたから、見つけた時は驚きましたよ」


「ドラゴンの……、魔力……?」


 シンクが、言葉を反芻する。


 その様子を見、どう返答しようか迷いながら、ジェネラルが言葉を選びながら答える。


「はい。ドラゴンは元々、魔界の生き物ですからね。大昔のプロトコルへの侵略で戦わされたドラゴンたちが、プロトコルに残ってひっそり暮らしているって言ってました。この近くに住んでいたので、魔力を辿って簡単に見つけることが出来ましたよ」


「魔力を辿る……? えっ? つか『ひっそり暮らしているって言ってた』って、さっきも、『事情を話してお願いした』って言ってたし……。ドラゴンって喋れんの?」


「人間の言葉は喋れないですけど、魔力を使って心を通じ合わせることは出来るんですよ」


 にっこりと微笑み、ジェネラルはシンクの質問に答えた。


 が、シンクはジェネラルの口からぽんぽんと出て来る馴染みのない単語に、さらに混乱している様子だ。


 だが疑問に答えているジェネラルは、シンクの混乱には気づかず、話をさらに続ける。


「あ、でも安心して下さいね! ドラゴンとの戦いは、魔法を使って細工していただけなんです。もちろん血は偽物ですし、爪なんかは長かったから思いっきり短く切ってくれって言われてましたし! この剣も、剣らしく見えるように僕が魔法をかけていただけで、本当はただの板ですから!」


 そう言うとジェネラルは、背中に担いでいた剣を抜くと、兄弟の目の前に差し出し、左手で剣を軽く撫でた。


 それによって引き起こされた現象に、兄弟の瞳が驚きで見開かれる。


 一瞬目の前の剣の輪郭が揺らいだかと思うと、銀色に塗られ、剣の形に切り取られた板が現れたのだ。


「ちょっとジェネラル、その剣モドキを貸せ」

 

 アクノリッジが恐る恐る剣をジェネラルの手から奪うと、その重さを確かめた。


 見た目に反する軽さと、ざらっとした手触りはまさしく、ただの板である。


 何度も板をひっくり返し、手触りを確かめ、こぶしで表面を叩いて確認をしていたアクノリッジは、不意にその手を止め、静かな声で黒髪の少年に問うた。


「ジェネラル、お前、一体何者なんだ?」


 これまでジェネラルに向けてきたような親しみは隠され、警戒した厳しい視線を向けている。


 ドラゴンとの戦い、そして今の発言など、様々な情報を照らし合わせて考えた結果、ジェネラルがただの少年ではないと結論付けたのだろう。


 ジェネラルは姿勢を正すと、アクノリッジとシンクを交互に見ながら、先ほどとは違う堂々とした声で、自分が何であるかを口にした。


「改めまして、僕の名前はジェネラル。魔界を統べる者――魔王です」


 魔王とは思えない、優しく人懐っこい笑み。どこから見ても、ただの少年しか見えない。


 だが彼は確かに自らを、魔王と名乗っていた。


「まっ…、魔王……」


 半無意識的に、シンクが言葉を反復する。


 言葉を理解はしているようだが、感情がついていかないのか、それ以上言葉を発する事はせず、ただ驚いた表情を浮かべ、ジェネラルを見ていた。


 アクノリッジもジェネラルの言葉に、細い水色の瞳を見開く。


 しかし弟と違いすぐ自分を取り戻し、ジェネラルに言葉をぶつける。


「……ジェネラル、俺たちをからかっているのか? 魔界は、物語の世界だ。現実には、存在しない」


「……アクノリッジさん」


 魔界の存在をはっきり否定され、ジェネラルは少し悲しくなった。


 この兄弟だけではない。プロトコルで出会った人々のほとんどが、同じように思っている事をジェネラルは思い出す。


 昔、確かに魔界とプロトコルは繋がっていた。魔王がプロトコルを侵略し、大混乱を引き起こした事もあった。だが今はお互い切り離され、物語や空想上の世界としか認識がない。


 それが今の、魔族と人間の関係だ。


 アクノリッジがこのような事を言うのは、仕方がないことだった。


 自分の言葉を信じてもらえなかった寂しさを感じながら、ジェネラルはアクノリッジを見た。


 その時、黙って様子を見ていたミディが、口を開いた。


「非現実な物はその目で見なければ信じない、というあなたの性格上から、そういう言葉が出たのは分かるわ。だけど魔界は、今でも存在するのよ、アクノリッジ」


「……何か証拠があるのか?」

 

 疑わしそうに尋ねるアクノリッジに、ミディは自信満々に答える。


「四大精霊が、私に教えてくれた。そして魔界に繋がる『道』を示す地図を貰ったの。私は地図に示す『道』を通って魔界へ行き、魔王であるジェネラルをプロトコルへ連れ出したのよ」


「へっ? 『道』を示す地図!? そんな便利な物の存在、聞いてないよ、ミディ!!」


 突然ミディの口から知らされた便利な物に、ジェネラルは身を乗り出した。


 ミディはジェネラルを少し睨むと、腕を組んで威圧的に尋ねる。


「地図の存在を知ったらあなた、どうするつもりかしら?」


「そっ、そりゃ……、こっそり見て魔界に帰……」


「そうなると思ったから、言わなかったのよ!!」


「痛い―――!! 逃げないから、離して――――!!」


 ジェネラルの返答に、ミディの怒りのこめかみグリグリがさく裂する。


 これがかなり痛い。何とか許しを請い、グリグリの刑から逃れると、ジェネラルは涙をにじませながらこめかみを擦った。


 半べそをかいている様子はどう見ても、ただミディに翻弄されている少年にしか見えない。


 どう判断すべきか困っている兄弟だったが、ふとここでシンクが何かを思い出したかのように口を開いた。


「そう言えば以前、ミディ姉の城の歴史書で、魔界の事が書いてあったんだよな。確か魔王って、魔王の証みたいな物、持ってんだろ? お前、自分が魔王って言うんだったら、持ってるよな?」


「『アディズの瞳』ですか? ありますよ」


 ジェネラルは2人に見えるように、自分の左手のひらを見せた。

 

 そこには、魔王が持って生まれる証『アディズの瞳』がある。


 手のひらにある異質な宝石に、兄弟の視線が集まる。


「魔界では、これを持って生まれてきた者が、魔王になります。証明になるか分かりませんが、一つ、力をお見せしますね」


 ジェネラルはそう言うと、アクノリッジが握っていた板を左手で受け取り、魔力を集めて解き放った。


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