第48話 願い
「ふう、参ったぜ……」
ドアの開く音と共に入ってきたアクノリッジの一声が、これだった。
この言葉を聞かなくても、彼が疲れているのが表情で分かる。
大きな音を立ててドアを閉めると、ぐったりした足取りでベッドに近づき、上等な服に皺が寄るのも構わず、そのまま倒れこんだ。
ジェネラルとミディは、あれからすぐに身を清め、アクノリッジの部屋に来ていた。
理由は彼の部屋が一番玄関ホールから遠く、無傷だったからである。
アクノリッジ自らがそう提案し、今に至る訳だ。
「あれから周りが俺の事で大騒ぎするもんな。病気が治ったのかって。んな事言ってる場合じゃねえっつーのに」
ベッドの上でぐるりと1回転してから体を起こすと、溜息交じりに言葉を吐き出した。
ドラゴン襲撃事件後、アクノリッジはセレステを始めとする人々から、病気が治ったのかと大騒ぎされたのだ。
病気とはもちろん、「ですう☆」などを代表するふざけた行動をとる事である。
まともに話す彼の言葉に、誰もがジェネラル並に驚いた。
質問攻めに合い、とにかく今はミディの様態を見る事が先決だと言い、城の修復を命じてその場から逃げ出してきたのである。
部屋に入ってきた時に発した言葉をもう一度口にすると、再びベッドに倒れこんだ。
彼の話に、ジェネラルは気の毒そうに小さく笑った。
彼の背中には、巨大な剣が鞘に収まった状態で背負われている。
見るからに重く、少年を押しつぶさんばかりであったが、平然と背負っている。
シンクも同じく苦笑いしたが、ミディだけは柔らかい最上級のソファーに深く腰をかけ俯き、声一つ洩らさなかった。
3人の視線が、ミディに向けられる。
「ミディ姉……、相当ショックだったんだな……。この部屋に来てから、ずっとあのままで、何も話さないんだぜ」
いつもと違う王女の姿に、シンクの目に同情の色が浮かび上がった。
彼の言うとおり、この部屋に来てから、ミディは一言も言葉を発しなかった。
ただ黙って、じっと座ったままである。はたから見れば、ショックで心を閉ざしてしまったように感じるだろう。
しかし…、
「本当にそう見えるか、シンク?」
ベッドの上で足を組み、肘を立ててミディを見ていたアクノリッジが、不意に問うた。
弟の答えを待たず、次の言葉を口にする。
「俺には、笑いを堪えて苦しんでいるようにしか、見えないんだがな」
「えっ? 兄い、一体どういう……」
「そうだろ、ミディ?」
シンクの問いに答えず、アクノリッジは唇を上に引き上げ、じっとミディの答えを待った。
信じられない様子で、シンクもミディに視線を戻した。
王女の肩が震え出した。それは小刻みに動いていたが、次第に大きなものへと変わっていく。そして…、
「ふふっ、あははははっ、くっくくく」
軽い笑い声が、部屋に響き渡った。顔を上げると手を口元に当て、声を押し殺すように小さく笑っている。
彼女の笑い声とは正反対に、ジェネラルの表情が呆れと疲れに変わった。
一つ息を吐き出すと、半渇きの髪をごしごしと掻く。
彼らの様子に、シンクは唖然とし、アクノリッジはやはりな、という表情を浮かべた。
そして、ミディの側に立っているジェネラルに声をかけた。
「ジェネラル、お前の表情を見ると、今回の騒ぎは、ミディとお前の仕業だったんだな。いやお前の場合、ミディに無理やり付き合わされた、と言ったほうが正しいだろうが」
「あっ、あははっ……」
ご名答です、と言わんばかりに苦笑いを浮かべるジェネラル。
ばれたので、もう演技は必要なくなったと判断したのだろう。
ソファーには、足を組み、偉そうに腕を組んで座る、いつもの王女の姿があった。
「よく分かったわね、アクノリッジ。私の演技は完璧だったはずだけど」
「昔からの長い付き合いだろ。演技が本物ぐらい、お前を見てりゃ分かるさ」
「いつから分かってたの?」
「ドラゴンがいなくなって、お前が目覚めた時だな。まあ演技のほかにも、おかしいと思う部分があったからな」
「おかしい? どこがおかしかったというのかしら?」
“この計画全てが、おかしいと思うよ……ミディ……。城を襲わせる以外に、絶対に良い方法はあったと思うよ……”
記憶を辿っているのか、眉根をよせて考えているミディを見、ジェネラルは内心でつっこんだのは言うまでもない。
そんな少年の内心も知らず、アクノリッジのネタばらしが始まる。
「ミディ…、お前、気絶していたんだろ? じゃあ、何で簡単に『ドラゴンに襲撃されて破壊された』って信じることが出来たんだよ。いつものお前なら、絶対に信じねえだろ? それを簡単に受け入れた事が理由の一つ。そしてもう一つは…」
「もう一つは?」
アクノリッジの表情に、たくらみを含んだ笑みが浮かび上がった。
彼の表情の変化に、怪訝そうにミディが問い返す。
「お前が、『怖かったわ…』なんて台詞言うなんて、ありえねえよ。これが決定的だったな」
「………四大聖霊の名の元に……」
「みっ、ミディ姉~! これ以上破壊すんなよ――!!」
人差し指を突き出し、半眼で呪文を詠唱するミディを、シンクが慌てて止めた。
シンクが止めなければ、ジェネラルが止めていただろう。
「それにしても一体これは、どういう事だよ! ミディ姉、ジェネラル! ちゃんと説明してくれ!!」
シンクが二人に詰め寄った。
その表情は、かなり真剣で、そして怒りを含んでいる。
ミディの言葉とジェネラルの様子を見て、今回の事件はこの二人の差し金だったという事を、ようやく理解し受け入れたのだろう。
命の危険を感じるほどの恐怖を体験させられたのだ。誰だって怒りに任せて詰め寄りたくなる。
すっとミディの手が、ジェネラルとシンクの間を遮った。
「この計画を考えたのも、もちかけたのも、私よ。ジェネラルは私にお願いされて、手伝いをしただけ。責めるなら私を責めなさい、シンク」
「ミディ姉…」
迷いのない凛とした声が、少年の足を止めるのに十分だった。
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