第11話 修行2

 ミディは、恥ずかしげもなく大声で、道行く人々に向かって叫んだ。


「わはははははは、我が名は魔王ジェネラル!! 今日からこの町は、魔王である私が支配する! 愚かな人間どもよ、大人しく我に従え!!」


 そして剣を抜くと、バッと素晴らしい高速剣技を披露した。

 人々の視線が一気に、ミディへと向けられた。


 そこへ、


「待て!!」


 勇ましくも可愛らしい声が、人々の鼓膜を振るわせた。


 視線の先には、黒髪の少年、ジェネラルの姿があった。手にはどこから拾ってきたのか分からないが、木の棒が握られている。


 きりっとした表情から、彼が勇者に成りきっているのが分かる。やっぱり可愛い方が表に出ているが……。


「この町は、勇者である僕が守る!!」


「生意気な若造め! 我が力で焼き尽くしてやるわ――!!」


 憎々しげにそう言い放つと、ミディは魔法で炎を出現させた。


 一瞬ジェネラルが驚きの表情を現したが、すぐさま戻り、投げつけられた炎に水の力をぶつけ、相殺する。


「小癪な、我が炎を相殺するとは!!」


「これで最後だあー!!」


「ぐああああああああああああああ!!」


 ジェネラルの棒が、ミディの胸を突き刺した。


 ……ように見えるが、ただミディの脇に棒をはさんでいるだけである。


 女を捨てたような叫び声を上げ、棒を脇に挟んだまま、酔っ払いのようによろけるミディ。そして、


「ぐっ、この私が負けるとは……、しかし……これで終ったと……思うなよ……」


と捨て台詞を吐くと、棒を投げ捨て、異様に速い足でその場から走り去った。


“あっ、ミディ……?”


 声をかける間もなく走り去るミディを見送り、一人残されたジェネラル。


 敵役が逃走するという予想外の展開に戸惑い、どうすればいいのか分からない。

 一人、勇者役を続けるか、それともミディが戻ってくるまで突っ立っていようか、迷っていると……。


「勇者様!」


 不意に後ろから聞きなれた、しかしどことなく余所行きの声が聞こえ、振り返るジェネラル。そこには。


「勇者様、あなた様のおかげで、このエルザ王国に平和が戻りました」


 そう言って胸の前で手を組むミディの姿があった。


 先ほどまで着込んでいた甲冑はなく、簡素ではあるが綺麗なワンピースを身につけていた。走り去ったのは王女に変身するためだったようだ。この気候にワンピースは、寒そうではあったが……。


 後、走り去った場所と登場場所が違う、そしてワンピースの出所は、触れてはならない世界の秘密なのだろう。


 ミディは少し震えながら優しく微笑むと、地面に膝を付き、ジェネラルの小さな手を取った。その瞳は、少し潤んでいる。


「そして、必ず助けに来て下さると、ずっと信じてお待ちしておりました」


 寒さのためか演技なのか、妄想の世界に入っているのか、頬を赤らめこっぱずかしい台詞を口にするミディ。


 そこには『魔王との対峙』ではなく、『ミディの妄想』が広がっていた。


 きっとこの王道としか言えない物語の流れが、ミディが理想とするもの――魔王の自分が彼女から求められているものなのだろう。 


 迫真の演技に、みるみるうちに耳たぶまで赤くなるジェネラル。演技とは分かっていても、感情が付いていかず、ミディの美しさとこっぱずかしさから逃げたくなった。


 だがここまで来てしまっては、もう『ミディの妄想』から、逃げ出すことは許されない。


 それを悟ったジェネラルは意を決し、ミディの手を握り返した。


「王女よ……」


「勇者様……」


 お互いの名を呼び、見詰め合う二人。


 少しの間を置き、顔を真っ赤にしながら、勇者はミディの首に抱きついた。ミディもジェネラルの小さな体に手を回す。


 その時……。


 パチパチパチパチ。 


 周りから巻き起こった大きな拍手に、二人は驚いた。慌てて周りを見回すと、いつの間に集まったのか、買い物客や屋台の店員、他の芸人達がずらっと二人を取り囲んでいた。


 どうやらずっと二人の『修行』を見ていたらしい。


 あんな大声で叫び、ド偉いアクションをしていたのだから、誰だって気になって足を止めるだろう。


 人々の顔には、満足そうな笑顔が見える。 


「一体何事かと思ったけど、芸人だったのか」


「オーソドックスな話だけど、素敵!」


「勇者役の男の子、めちゃくちゃカワイかったわ~」


「魔王、凄い迫力だったね!!」


「炎と水のパフォーマンスも、まるで本物の魔法みたいに迫力があったねえ~!」


 勝手な感想を言いながら立ち去っていく、町の人々。

 呆然としている二人の足元には、小銭が山を作っている。


 どんどん増えていく小銭の山を唖然とした表情で見つめていると、何かがジェネラルの後ろで、はためいているのに気づいた。


 背中に何やら紙が貼り付けてあるらしい。いつ貼り付けられたのかと、紙を剥がして見る。


 みるみるうちに、ジェネラルの表情が引きつったものに変わった。


 これを貼り付けたのはミディだろう。修行前に背中を叩いたが、その時に貼り付けたに違いない。


 紙をくしゃっと丸めると、疲れたようにため息をついた。


「……だから、誰も助けてくれなかったんだね」


 そこには、こう書かれていた。


『ただいま、魔王修行中。構わないで下さい』


 拍手はまだ鳴り続けていた。

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