第12話 精神

 魔王ジェネラルの朝は、太陽の光と香茶の香りで……、ではなく、発声練習から始まる。


「あ・え・い・う・え・お・あ・お!」


 少年の少し必死そうな声が、人気のない町外れに響き渡った。


 何度もやり直しをさせられたのか、声が涸れている。それをミディが聞き逃すはずがなく、案の定、


「ほら、声が割れてるわよ! 声はお腹の底から出さないと、すぐに喉が傷んでしまうわよ!」


と、厳しいアドバイスが飛んだ。


 魔王の隣には、厳しい表情で彼を指導するミディの姿がある。

 彼女のスパルタ教育は、今日も朝っぱらから絶好調のようだ。 


 ジェネラルは欠伸をかみ殺しながら、少し遠い目で空の青を見つめる。


“こんな大きな声を何度も出してたら、声が嗄れるのも仕方ないよ……”


 しかし空腹でお腹が鳴りそうだったので、慌てて指示通りジェネラルはお腹に力を入れる。


 擦れ声が、勢いと音量を取り戻した。

 それを聞きミディは満足そうに頷くと、次の指示を出した。


「それじゃ、次は名乗りの練習ね」


「ううう…… 我は、魔王じぇねらるううううう~……」


「泣かない!!」


 まあこんな具合に、立派な魔王になる為の修行が発声練習から続けられていくのであった……。 

 


*  *  *



 次に二人がやってきたのは、ベンドから少し南の町―マージ。


 少し南に下った為か、ベンドで残っていた雪は見当たらない。それほど暖かくはないが、震えるほど寒くない、比較的過ごしやすい気候である。


 二人は昨日の晩マージにたどり着き、修行の為に遅くなった朝食を食堂で取っていた。


 目の前には、お世辞にも豪華とは言えない料理が並んでいるが、舌が肥えているはずのミディは文句一つ言わず、料理を口に運んでいる。


 同じく、いつもは倍以上の料理がテーブルに並べられる環境にいるジェネラルも、

美味しそうに、カリカリに焼けたベーコンを食べていた。


 その時、不意にミディが口を開いた。


「ジェネ、あなたには、魔王として非常に大切なものが欠けていると思うの」


 この言葉に、フォークを口に入れた状態でストップするジェネラル。

 表情はみるみる、


”また何か言い出しましたよ、この人は……”


と呆れ顔へ変わった。


 しかしこのまま無視をすると後が怖いので、口に含んだフォークを皿に置くと、

とりあえず聞き返す。


「僕に欠けてる物って、何なのさ……」


「あなた、もし欲しい物があったら、どうやって手に入れる?」


「欲しい物って……。お金出して買うか、頼んで譲ってもらうか、それでも駄目なら諦めるよ?」


「そう、そこよ! それが魔王として欠けているものよ!」


 ジェネラルの、何を問うのかといわんばかりの超常識的発言に、ミディの目玉焼きが突き刺さったフォークが、少年の鼻先突きつけられた。


 いきなりフォークを突きつけられ、ジェネラルは反射的に椅子ごと一歩引いた。


 しかし、フォークに刺さった目玉焼きの黄身が、自分のパンの上に垂れているのを見、慌ててミディに詰め寄る。


「みっ、ミディ。目玉焼きから黄身が出て、僕のパンに垂れてるんですけど……」 


「やっぱり魔王なんだから、力ずくで奪うとかしないと!」


「ってか聞いて! パン、もう真っ黄色なんだけど! ドロドロなんだけどっ!」


 やめてえええ~と、半泣きになるジェネラル。

 ジェネラルは変わった事に、パンに何かをつけて食べる事を好まないのだ。ジャムやバターすらつける事はない。

 なので、卵の黄身トッピングなど持っての他だろう。


 ジェネラルの騒ぎっぷりに、ミディはとりあえず目玉焼き付きフォークを収めると、


「はいはいはい、これでいいんでしょ?」


 と、ジェネラルのパン皿を自分の元へ引き寄せた。代わりに、自分のパン皿をジェネラルの方へ押しやる。


 原因はミディなのでどこか釈然としないものを感じながら、ジェネラルは礼を言った。


「あっ、ありがと……」


「たかがパンに黄身がついただけで、大騒ぎするなんて、もっと心に余裕を持つ必要があるんじゃない?」


「……ミディに言われたくないよ」


「ん~、何か聞こえたような気がしたけど~?」


「いえ、何もないですよ、ハハハ……。でっ、で、何の話だったっけな~?」


 にっこりと笑顔で、しかし殺気に満ちた視線を向けられ、ジェネラルは乾いた笑いを上げて慌てて話を変えた。


 ふんっと鼻を鳴らすと、ミディは黄身塗れのパンを手が汚れないように器用にフォークで切り分けながら話を戻した。


「あなたには、力ずくで何かを奪うっていう精神が欠けているって言っているのよ」


「奪うって……。ミディはお母さんに、人に迷惑かけちゃいけないって習わなかったの?」


「そんなこと言っていたら、いつまでたっても立派な魔王にはなれないわよ、ジェネ?それに……、あなたはあの名言を知らないの?」


「あの名言?」


 ナイフを動かす手が止まる。

 ミディが名言と称す言葉なのだ。気にはなる。


 ジェネラルはドキドキしながら、『あの名言』をミディが口にするのを待った。


「そう、それは……」


「……それは?」


 ごくっと唾を飲むジェネラル。フォークを握る手に、自然と力が篭る。

 ミディも、高まる緊張感の為か、自然と声が小さくなる。ミディの瞳が光を放った瞬間、その名言が彼女の口から放たれた。


「お前の物は、俺の物!!!」


「……って、どこが名言だよ! ただ超自己中なだけじゃないか!!」


 ミディに負けない大きな突っ込みが、食堂に響き渡った。


 我に返り周りを見回すと、他に食事をしていた人々が、何事かと二人のテーブルに視線を送るっているのが見えた。


 恥ずかしさの為にジェネラルは顔を真っ赤にしていたが、当のミディは全く気がついていないのか平然としている。


 黄身に塗れたパンを口に運ぶと、再び空いたフォークをジェネラルに向けた。


「まっ、とにかく。この精神をしっかり養うのよ?」


「いや僕、何を失っても、魔族としての良心だけは失いたくないから……」


 疲れたように、ジェネラルはフォークを握った手を緩めた。

 

“っていうか、それを名言っていうミディって一体……”


 一体どういった教育を受けたらこうなるのか、物凄く気になったが、心の中に留めて置く。遠い目をするジェネラルに構わず、ミディはにっこりと笑った。 


「という事で、朝のトレーニングの発声練習に、この名言を追加するから、頭に叩き込んでおくように。やっぱり気持ちは言葉からって言うものね」


「って、マジですか!?」


 必死で止めてくれるよう懇願したが、案の定聞き入れられず……。


 次の日の朝。


「我が名は、魔王ジェネラルうううううぅぅ……」


「お腹で息を支えなければ、最後が弱くなってしまうわよ!! よし、それじゃあ、

名言を10回!!」


「うう……」


「気合を入れなさい!!」


「おっ、お前のものは~~ 俺のものおぉぉ~……」


「そんな気合で、立派な魔王になれると思ってるの!? やり直しよ!!」


「うううう……」


 こうしてまた一つ、朝のトレーニングメニューが増えたのであった。

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