断章2

 入学してから数日はクラスで一人だったありすも、英語の授業をきっかけにクラスメイトが発音を教えてほしいとやって来るようになり(イギリス式とアメリカ式で違う所もあるが)、そのうちの数名とはお昼を一緒に食べるようにもなった。昨日のドラマ観た?とか、アイドルのライブに当選した!とか、そういった他愛もない話で盛り上がったりする。それは、小学校の頃のありすでは考えられないことだった。

 図書館には毎日通うようになった。自分に対して優しく接してくれるるいに、ありすは親しみを覚えた。類を通じてれいとも知り合った。どうやら三人は波長が合うらしく、すぐに打ち解け、廊下で会えば挨拶して軽く話す程度の仲にはなっていた。ありすと類が互いを名前で呼び合うようになったのも、この頃だった。

 三人とも本が好きで、入部時期であるゴールデンウィーク後にはそろって図書部に入部届を出した。

 入部してからは、三人で行動することが多くなった。三人とも方面が同じなので、ともに通学し、休みの日には一緒に遊びに行ったりもしていた。

 そうやって、ありす、類、零は、次第に親交を深めていった。


 入部から一か月程経った頃だった。

 放課後、図書館にいる類の元に、一人の女子生徒がよく来るようになった。

 最初は気にかけていなかったありすも、日が経つにつれ、女子生徒に対しざらついた感情が芽生え始めるのを感じていた。それが何なのか、ありす自身には分からなかったが。

 零によると、女子生徒は類のクラスメイトらしかった。一度、零がちょっとした用事で類の所に行った時、類が勉強を教えていたという。女子生徒は零にしか見えない角度で睨んできたそうだ。

 そのうち、ありすは類と話している時に、視線を感じるようになった。振り返ると、女子生徒と目が合ったこともある。

 類のことが好きなら、さっさと告白すればいいのに。そう思った時、ありすは胸がチクリと痛くなった。


 七月初めのある日のことだった。期末テストを目前に控え、ありすと類は図書館の三階にある閲覧室で、勉強に励んでいた。その日はもうテスト一週間前で部活はなく、零は家の用事で早くに帰っていた。

「あー疲れた」

 シャーペンを投げ出して、類が伸びをした。中間テストで総合三位という成績を修めた類は、親からかなり期待されているらしい。集中力が切れてしまったありすも、開いていた数学の教科書を閉じた。

 窓の外では、随分と日が傾いている。日の光を受けてキラキラと輝く海が見えた。

「ねえ類、海、行ってみない?」


 海に着いたとき、太陽は水平線に近づいていた。

「あー!やっぱり海っていいなー!」

 類が大声で叫ぶ。勉強でかなり疲れていたようだ。

「気分転換ってことで、いいわよね」

 ありすは浜に打ち寄せる波を見ながら、言い訳がましく言ってみた。でも、行き詰まっていたのは確かだった。パンクしそうだった頭が、少しすっきりしている。

「ね、ありす、夕日だ」

 西の空がオレンジ色に染まり始めていた。燃えるように真っ赤な太陽が、水平線に向かってどんどん落ちていく。ありすと類は、二人並んでそれを見ていた。

 浜辺には、類とありす以外誰もいない。たった二人だけの世界。

 不意にありすの中に、この時間が永遠に続いてほしい、という思いが湧き起こった。類の隣にいたい。零のように姉弟のような関係ではなくて、もっと別の、友人とも違う関係を築きたい。

 頬が熱くなっていく。夕日のせいだと誤魔化すには、少し時間が遅かった。

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