断章1
栗色の髪と、南の海のような青い瞳。
……たとえ、それが原因で周囲と馴染めなかったとしても。
小学校四年生の時、ありすはイギリスから日本へとやって来た。慣れない言葉と周囲な容姿のせいで、どれほど親しくなったとしても、「友人」とまで呼べるような存在を、ありすは小学校を卒業するまで得ることができなかった。
地元の中学校ではなく、家から離れた
しかし、入学してからしばらくの間、ありすは一人で過ごしていた。ありすには人見知りなところがあり、それが災いして初対面の相手に上手く話しかけることができなかったのだ。
入学後三日目の放課後。健康診断やオリエンテーションなどで、新入生はまだ、授業が始まっていない。だから、昼頃に帰りのホームルームは終わった。
校舎を出てそのまま帰る気にもならず、ありすは学校の敷地内をとことこと歩き回っていた。かつて資産家の所有物だった時代から、ほとんどそのままの姿で残されているという異国風の庭園や、広いテニスコートには、誰もいない。静寂の中、ありすは一人であちこちと見て回った。
最後にありすが辿り着いたのは、レンガ造りの建物の前だった。大きな扉の横には、「私立航中学・高等学校附属図書館」というプレートが取り付けられている。
図書館、という文字に、ありすの心が躍る。ありすの父は小説家で、その影響かありすは本が大好きなのだ。一体、どんな本が置いてあるんだろう?期待に胸を膨らませ、耳の奥に鼓動の音を聞きながら、ありすは扉を開けた。
三階までの吹き抜け構造に、ステンドグラスを通して入ってくる光。耳に入ってくるのは、時計の針の音のみ。時折そこに、誰かが本を読んでいるのか、ぺらり、というページをめくる音が混ざる。
ありすはただ圧倒されていた。もちろん、規模だけで言えば、ここより大きな図書館には何か所も足を運んだことがある。しかし、学校図書館でこれほど大きなものは予想していなかった。その上、その造りはレトロな、洋館を思わせるものなのだ。ありすは興奮のあまり、入学してからずっと抱えている孤独感を、すっかり忘れていた。
カウンターでは司書らしき老人が、本の修繕をしている。目が合って、老人は微笑みながら会釈した。ありすも軽く頭を下げる。
一階は、新着図書や人気図書、新聞、雑誌がカウンターの近辺に置かれている他、書架には哲学や宗教、歴史、地理、科学系の本が置かれているようだ。二階にも書架があるのが見えるので、そちらに文学や芸術等の本が置かれているのだろう。
新着図書の中に、ありすは好きなシリーズの最新刊を見つけ、手に取った。閲覧用のソファがいくつか、設置されている。一階奥のソファに陣取ると、ありすは昼食を食べていないのも忘れて、さっそく読み始めた。
どれくらい時間が経っただろうか。ありすは最後まで読み終えた本を閉じると、うーんと背伸びをした。そして、ふと前を見て……一人の少年と、ばっちり目が合った。
少年は目が合った瞬間、あたふたと慌てはじめ、「あの、別にその」等と意味のない言葉を発した。名札の色がありすと同じなので、どうやら少年も新入生らしい。ありすは手元の本に目をやった。もしかして、これが読みたかったのだろうか?勇気を出して、ありすは声をかけた。
「これが読みたかったのかしら?」
少年は一瞬目を丸くした後、ぶんぶんと首を横に振った。そしてなぜか顔を真っ赤にして、
「……きれいだったから」
と呟いた。
「えっ?」
「その、きれいな髪の色だなぁって思って、見てただけで……」
「私の髪の色、きれいなの?」
「うん」
こくりと反射的に頷いて、少年は自分の行動に恥ずかしくなったらしい。顔がさらに真っ赤になった。
この国に来て、家族以外の人から、髪の色を褒められたのは初めてだった。胸の奥がこそばゆくなる。温かい感情が、じわじわと生まれ始めるのを、ありすは感じ取っていた。抑えきれなくなるほどの喜びが、ありすの背中を押した。
「あのね、私、三石ありすっていうの。あなたの名前は?」
この学校に入って、ありすが自分から名前を訊ねるのは、これが初めてだった。
「
黒髪に眼鏡をかけたその少年は、未だに顔を赤くさせたまま、そう名乗った。
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