(3)希望と絵美 -希望視点-
帰宅途中、学友達と別れて一人になると、檻から解き放たれて身軽になった気分になる。
一人で大学生活を満喫している学生なんて世の中沢山いるはず。だから体裁を取り繕うことを止めるのもいいかと考える時もある。でもわざわざ孤独を選ぶほど不自由ではない。
そして夕方には家に戻る。
この時間なら一般的な社会人はまだ仕事をしているから、マンションのエントランスであの人と会うことは無い。少し前まで慕っていた人に対してこんなことを思い自己嫌悪する。
「やあ、子猫ちゃん」
マンションの正面ゲートに手を掛けるわたしを呼び止める声。振り向くとそこいたのは予想通り絵美さんだった。
「こ、こんにちは」
「安心したよ。いつも通りの子猫ちゃんで」
子猫ちゃんじゃない、と否定しても無駄なのは初対面の時にわかっている。
何に安心したのか聞いても会話が長引くだけだから、適当に会釈しながらマンションの中へ入ろうとした。
「曇りはあっても、腐ってはいないようだ。いつも通りの子猫ちゃんだ」
話し方自体は穏やかなのに、まるでわたしの心を見定めているような感触がした。
「どうしたんですか?」
社交辞令にも文句にもなっていない中途半端な言葉で返してしまう。情けないと自分でも思うけれど、絵美さんはそんなわたしを卑下するような事は一切しない……そんな彼女の事が、わたしは憎めないから苦手だ。
「創一と君の間に入るつもりは無いよ」
彼女は芝居がかったように腕を翻しながら、視線でわたしのことを射抜いてくる。
「でも一言覚えておいてほしい。あいつと縁を切るだなんて勿体無いぞ」
説得でも懇願でもない、主張のような言葉だった。
「創一はとても面白いもの、可能性を秘めた人間だ。そんなあいつが作る物語に、わたしは期待しているんだよ」
それだけを言い残して、あの浮世離れたお姉さんは向かいのマンションへと去っていった。
可能性? そんなもの分けて欲しいくらいだ。
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