(2)大学侵入
その後も合間に希望ちゃんのことを思い出す日々が続いた。本人にも出会えず物事が進展しないままですっきりしない。
今日は社外で開かれた聴講型のセミナーだったが内容の半分程度しか聞けず、昼過ぎには聴きたい講演も終わり空虚な気持ちでビルから出た。
気分転換がてらに駅周辺の地図が記された看板を眺めてみる。
特に行きたい場所は無いが一ヶ所に目が止まる、都営のバス停だ。
数年前に一度だけ利用したことがある路線で、十分程度乗れば赤山学院大学――希望ちゃんが通う学校に辿り着ける。
バスに向かって足が一歩だけ進むが、すぐに踏み止まる。
待て、行ってどうするんだ? まるでストーカーのようじゃないか?
しかも彼氏彼女の関係でもないのに追い掛けるなんて変態じみている。
それでも後ろ髪を引かれている自分を否定できず、長めの散歩と割り切って赤山学院大学へ向かうことにした。
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バスを降りるとそこには、大学の校舎らしき棟が数多く並ぶ場所だった。
他の一般の建物とは明らかに違う、学び舎独特の雰囲気を感じて学生だった頃を思い出す。
立地が都会であることや、自分が通っていたキャンパスよりも瀟洒な作りに惹かれて、正門から入っていく。
今俺はスーツ姿で歩いているが、周囲は私服で歩く学生達ばかり。同じ私服なら三年前まで学生だった自分でも溶け込めるだろうか、と思ったが愚行だと頭を振って忘れることにする。女子の割合が多く男子もオシャレに気を使った外見をしているため、自分が過ごした理系大学とは違う環境だ。
しばらく歩いていると、コンビニに隣接したラウンジのような場所が見えてきた。
授業開始までの時間を待つ者や、談笑している集団を見掛ける。
中には女子だけで机を囲む集団もあった。服装や雰囲気がキラキラしている、いわゆるリア充達だ。
その中に見覚えのある後姿があった。
ポニーテールに髪を纏めるリボンの色、見間違えるわけがない。
ラウンジへ下る階段に身を潜め、十メートルは離れた位置からその子の様子を窺う。
間違いなく希望ちゃんだろう。
遠くて会話の内容は聞こえないが、五人の女子達の中に溶け込んでいる。
自分が知らない彼女の姿だった。
最近は交流できていないこともあり侘しい気分になるが、いい大人が女々しい事を思ってはいけないと、頭を振って心を引き締めようとした時だった。
一瞬、時が止まったかのように――希望ちゃんの横顔に陰りが見えた気がした。
そしてすぐに友人達に溶け込むように、元通りの固い笑顔に戻る。
まるで溜まった疲れを吐き出すために、息抜きしていたかのようだ。
それもまた違った意味で俺が知らない彼女の姿で、少しだけ痛々しいものだった。
――ちょっと意識高い系というか、スイーツ脳な人達で
――どうやって合コンにこじつけようかとか、下らない話には花が咲くのが面倒くさくて
出会ったばかりの頃に希望ちゃんが吐露していた言葉を思い出す。
もしかして……いや、間違いない。希望ちゃんは学友達の前では取り繕っている。しかも素の自分をかなり封じているのだ。
そんなラウンジの光景を見下ろして、希望ちゃんが秘めている何か、その片鱗が見えた気がした。
彼女は俺よりも、窮屈な日常を過ごしているのかもしれない。
なぜなら俺は、会社内で自分の趣味やその知識を隠すことはしても、人間性まで隠したりはしないからだ。専門職という職業だから成り立っているのかもしれないが、年齢が近い社員に対しては社交辞令を多用せずに済んでいる。
女子の集団にいる一人が時計を見てから何かを呟くと、全員が椅子を立つ。
次の授業か帰るのかはわからないが、俺もそろそろ覗き見を止めてここから立ち去るのが良いだろう。
俺が身を潜めている方向とは逆の出口に希望ちゃんは友人達と向かっていく。
いつもは元気な彼女の一挙手一投足によって揺れるポニーテールが、今は活気を失い沈んでいるように見えた。
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